いろいろ前評判をあおりながらラトルのベートーベン(aka.ベートーヴェン)交響曲全集が発売された。ひと言では評価しにくい録音だが、あれこれ工夫を凝らし、ラトルなりの新しいベートベン像をつくろうと試みた意欲作であるとは言える。

一聴した最初の印象は、今まで耳にしたことがない響きや奏法がたくさん登場するものの、それらの多くが思いつきの小細工なのではなかろうか、というちょっと否定的なもの。普通のスピーカーで、2番+5番から聴き始めたのだが、2番の序奏でHrにゲシュトップをさせているのが単に音が汚くなっているだけだったり、展開部やコーダで速い走句をデタシェのffで弾かせているのも音が濁って聞こえたりと、乱暴でアイデア倒れの工夫が多いように思ったのだ。あるいは、続けて聴いた第九では、Adagioがバーンスタイン並に遅かったり、ファンファーレが妙にスカしていたり、'Brüder'でシャウトするのはまあいいとしても、最後のPrestoでは'Welt'だけをシャウトして強調したり(cf.ノリントンの第九の場合)、なんかちぐはぐではないかと。さらに録音のせいか、それとも弦楽器の編成が小さいからか(1~8番は1st Vnが4プルト程度らしい)、ビブラートが妙にくっきり聞こえたりして気持ち悪いことがある。

しかし、さらに聴き進むと、「田園」の嵐の表現はうまく効果を上げているし、7番の1楽章も爽快だ。1番+3番のカプリングも、他のことをしながらヘッドフォンで聴いていたら意外にすんなり入ってくる。これはもう一度聴き直す必要があるかと、今度は主としてヘッドフォンで確認してみた。うーむ、細部をよく聴きいてみれば、ラトルの工夫はそれほどこけおどしでは無いという気もしてきた。

こんな具合で、この録音の評価はまだ揺れている。不自然なテンポの変化とか、変にロマンチックな要素がときどき顔を出すのは未だに良いとは思えないが、全体としてみれば、エネルギーのある好演という位置づけになるのかも知れない。第一印象はわんばくガキ大将だったのが、もしかすると野心溢れる若者なのかといった感じに変化しているところ。いずれにしても、熟成された演奏というのとは違うんだな。

〔追記〕その後、聴き返してみてもあまり評価は上昇せず、むしろビブラートの気持ち悪さがいっそう耳についたり。これを「古楽アプローチでビブラートを抑えた」なんて書いているレビューは、全体を疑ってかかること。

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