ブラ1じゃなくて、バーリー・クーパー(Barry Cooper)がスケッチの断片を元に補作したもののこと。ウィン・モリスとLSOが録音しているので、一度聴いてみたいと思っていたところ、オークション経由でCDを入手できた。Innovative Music Productionというイギリスの会社がつくって三協商事が輸入販売したもので、1988-09-08、ロンドンのWalthamstow Town Hallでの録音。CD番号はPCD911(国内番号?はWB-0010、英国ではCarlton 3069 00042らしい)となっている。収録されているのは、「交響曲第10番変ホ長調」の第1楽章とクーパー博士の解説(一部ピアノ入り)、およびそのトランスクリプションと全文訳がついた70頁に及ぶ立派なブックレットだ。

この「交響曲」は変ホ長調のアンダンテで始まり、ハ短調の主題をもつアレグロ主部を経て、最後にまたアンダンテが回帰するという構成で、1楽章全体で20分弱。クーパーは主に1818年~1825年頃の4通りの史料から350小節相当の断片を第10交響曲のスケッチとして拾い出し、曲を構成していったという。実質的には、『ベートーヴェン事典』(1999-08-30, 東京書籍, ISBN:4-487-73204-2)の平野昭の解説にあるように、1925年のポケット・スケッチ帳である「アウトグラフ Beethoven 9」が中心になっている。

そもそもベートーベンが交響曲10番を構想したのかどうかについても議論はあるが、セイヤーの伝記にも登場する「変ホ長調の静かな導入部の段落と、つづいてハ短調の力強いアレグロが、ベートーヴェンの頭のなかに出来上がっていて、それをピアノフォルテでホルツに弾いてくれたことがある」(邦訳・下巻p.1132)というカール・ホルツの証言に素材が一致することから、クーパーはかなり自信を持ってこの補作を行ったようだ。もっとも、彼が材料のひとつとして示しているスケッチ(シントラーがスケッチ帖に「第10交響曲のためのスケッチ」と書き添えたもの)は、ノッテボームによって「われわれはそれらのスケッチのうちにベートーヴェンにあつては千度も現れているような瞬間的な着想を見るのみであり、それは他のスケッチ帳に見出される多くの仕上げられないままで殘されたスケッチと同様に、そのまま放つておかれる運命にあつたのだ」(第二ベートーヴェニアーナ、邦訳p.14)と否定されているのだが。

実際の曲はどうかというと、まずアンダンテの序奏部分がやたらに長く、このCDの演奏で6分もある。クーパーによれば、ベートーベンは「これを別の楽章にするかどうか迷っていた」からそれだけの長さが必要だということだが、《悲愴》ソナタの第2楽章風の、ずいぶん時代をさかのぼった感じの音楽がずっと繰り返されるだけで冗長。これがさらに最後に4分ほど回想されるため、とても交響曲の第1楽章とは思えないかったるさだ。主部はそれなりに音楽が流れていくが、熟成しきらないスケッチに基づく単純さと、展開部がわずか2分程度ということに代表される掘り下げの限界で、なるほどというレベルには達していない。

クーパー博士は「私はすでに彼のスケッチと、数々の他の作品の作曲法を綿密に調べた。そして彼の作曲方法も大体把握できた」と豪語しているが、この「第10」はベートーベンの語法とはかなり違うし、曲の展開・構築がこの大作曲家のものからほど遠いことは明らか。これはベートーベンが考えた第10交響曲というよりは、クーパーが別の箇所で述べているように「ベートーヴェンがどのようなものを想像していたかのおよその印象を把握する」ものと見た方がいいだろう。その限りにおいては、興味深く、なかなか楽しめるCDであることもまた確かだ。

〔補足〕クーパー補作のベートーベン10番は、このほかワルター・ウェラー(Walter Weller)指揮バーミンガム市響の演奏がChandosからCHAN 7402(ベートーベン交響曲全集)もしくはCHAN 6501(三重協奏曲との組み合わせ)として出ているらしい。

また、これとは全然別に、ローズマリー・ブラウン(Rosemary Brown: 1916-)という人が霊感を受けものをイアン・パロット(Ian Parrott: 1916-)というイギリスの作曲家が1976年にオーケストレーションした「ヘ短調交響曲」(10番と呼ばれたり11番と呼ばれたりしている)なるものがあるそうだが、実際に聴いたことはないので何とも言えない。

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