ドイツのAmazonのサイトで、ある第九のCDにつけられているレビューにこんな一節があった。

Beethovens neunte Sinfonie gilt als "Sinfonie des Neubeginns" und wird immer wieder von vielen Menschen zu Silvester zur Begrüßung des neuen Jahres gehört!

「ベートーベンの第九交響曲は、《新しいことのはじまりの交響曲》と考えられており、だからいつも多くの人によって、大晦日から新年にかけて聴かれている」というわけだ。そういえば、ドイツのユネスコ世界遺産申請資料にも Many orchestras play this work traditionally at New Year's Eve, stressing the symbolical power of the symphony. と記されていたっけ。

ライプツィヒ

ドイツで第九が大晦日に上演されるようになった起源としては、1918年にニキシュ(Arthur Nikisch)がライプツィヒ・ゲヴァントハウス(a.k.a.ライプチヒ・ゲバントハウス)で行った演奏が有名。「ライプツィヒの大晦日の伝統」という副題のある資料によれば、ライプツィヒでは19世紀からシーズンの最後に第九を取り上げる伝統があり、特別なとき(たとえば1900年)には新年に披露されていたが、年の変わり目に演奏する習慣は定着していなかったという。これを大晦日に演奏しようと考えたのは、ライプツィヒの新聞の編集者(文芸部長)だったルドルフ・フランツ(Rudolf Franz)だそうで、ニキシュの指揮により、100人のオーケストラと300人の合唱が、クリスタルパレスのアルバートホールで12月31日に第九を演奏した。

(1918年といえば、徳島でドイツ人捕虜によって第九が「日本初演」されたのと奇しくも同じ年だ)

ウイーン

もうひとつ、毎年末年始に第九を演奏することで知られているのがウイーン交響楽団(Wiener Symphoniker)だ。こちらは、楽団の100年史によると1975/76年に始まったということで、比較的歴史は新しい。ウィーンでは1941年から続くニュー・イヤー・コンサートの方がメジャーだが、第九の方もノリントン(1996/97)やガーディナー(1992/93)、ギーレン(1990/91)が指揮するなど、けっこう面白いことをする(していた)。ちなみに今年の指揮台に立つのはアダム・フィッシャー。

(年の境のJ.シュトラウス尽くし演奏会は、その1年前に第1回が行われているが、それは元旦ではなく1939年の大晦日だった。)

ラジオ放送

日本で年末に第九を演奏するのは、新交響楽団の常任指揮者となったローゼンストックが、1937年にこの曲を取り上げるにあたって「ドイツでは大晦日から元旦にかけて、ちょうど年の変わり目の深夜にラジオ放送で《第九》をやる習慣」があると語った(『〈第九〉と日本人ISBN:4-393-93406-7から孫引き)ことがひとつのきっかけ言われる。たとえば、当のローゼンストックがラジオ向けに第九を指揮したというベルリンでは、ベルリン放送響が例年(長い伝統 eine alte Tradition とされている)大晦日に第九を演奏しており、それは今年もライブ放送されるようだ。

Klassikerforum.deのBeethovens IX.というスレッドには、日本では年末に第九をたくさん演奏するよという発言を受けて、auch bei uns wird zum Jahresende - an Silvester - die 9. Symphonie von Beethoven im Radio gespielt. Ich höre sie mir fast jedes Jahr an. という投稿(2005-01-21)があったので、多分各地で放送されているんだろう(少し調べた範囲では、思ったほどは見つからなかったけれど…)。

年越し

ニキシュの第九は、演奏会を午後11時から始め、ちょうど新年を迎えるタイミングで「歓喜に寄せて」が歌われる仕掛けになっていたという。また、ローゼンストックはインタビューで「この放送は、毎年十二月三十一日の夜から一月一日にかけて行われる習慣なのですが、丁度フィナーレが、一月一日、即ち午前十二時から始まるように演奏を始め、演奏が終わると同時に楽団諸君と新年の挨拶を交換するのです」と語っている(同前書)。まさに“年越し第九”というわけだ。

もっとも現在は、ゲバントハウスでの演奏会は31日の午後5時からで、その代わり元旦にも同じ曲が演奏されるようだ。ベルリン放送響も今年の演奏会は午後4時から。

年越しというと、岩城宏之のベートーベン交響曲全曲演奏会が24時から第九となっているので、今やそちらの方が趣が近いか。おや、文化村のジルベスターコンサートは、今年は「ベートーヴェン:交響曲第9番 最終楽章 マーチから」で新年の“カウントダウン”をするのだそうだ。

その他の年末第九

定期的ではないにしても、ドイツ方面では大晦日(あるいは新年)に第九を取り上げる演奏会はそれなりにある模様。2005年はバレンボイム指揮のベルリン・シュターツ・カペレを始め、ハンブルクとかマインツとかニュルンベルク(30日)とかチューリッヒ・トーンハレとか、検索するといくつか引っかかってくる。

アメリカの様子を見ると、ニューヨーク・フィルが、クルト・マズアの指揮で2004年の大晦日に第九を演奏していた(これはマズアだからというところが大きそうだ。このコンビは1999年にも年末第九をやっている)。シアトル交響楽団もよく年末にやるらしいが、大晦日とは限らないようだ。ハワイでもホノルル交響楽団が毎年末に第九を取り上げているというのは、日本と関係が深いからなんだろうか。

変わったところでは、ミラノ・スカラ座が今年12月23日にクリスマス・コンサートと称して第九を取り上げ、パリのシャンゼリゼ劇場でも12月2日に第九が演奏されたが、これらは毎年というわけではなさそう。しかし、今年のベルリンなど、劇場で12月に第九というパターンは、案外よくあるのかもしれない。

某地域で12月に200回以上も演奏されているのは、なんとなく「締めくくり」「年忘れ」という印象なんだが、第九は柿落としとか開会式でもよく演奏される《はじまりの交響曲》でもある。"Sinfonie des Neubeginns" は、たぶんこのレビューアの造語だろうけれど、なかなかいいんじゃないかと思う。

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