フォーレ:レクイエムの歌詞と音楽

フォーレの「レクイエム」を演奏した機会に、その曲の構成と歌詞について調べたことをまとめたものです。ミサ典礼文の訳ではなく、フォーレが作曲した歌詞の考察を目指しています。

※フォーレのレクエムに続唱(怒りの日)は含まれませんので、必要に応じて「ベルディ:レクイエムの歌詞と音楽」も参照してください。

曲の概要

曲名
レクイエム 作品48
作曲時期
1887/88
初演
1888-01-16@パリ、マドレーヌ教会:フォーレ指揮 (第1、3~5、7曲)
1892-01-28@パリ、サン・ジュルヴェ教会:フォーレ指揮 (リベラ・メ)
1893-01-21@パリ、マドレーヌ教会:フォーレ指揮 (全7曲)
1900-04-06@リール、Salle industrielle:M.マケ指揮 (1900年稿、アマオケ&合唱による)
1900-07-12@パリ、トロカデロ宮:タファネル指揮 (パリ万博での公式初演)
楽章構成
  • 第1曲: Introït et Kyrie(入祭唱とキリエ)
  • 第2曲: Offertoire(奉納唱)
  • 第3曲: Sanctus(聖なるかな)
  • 第4曲: Pie Jesu(慈愛深いイエスよ)
  • 第5曲: Agnus Dei(神の小羊)
  • 第6曲: Libera Me(私を解き放ってください)
  • 第7曲: In Paradisum(楽園へ)
楽器編成
1901出版稿
FlClFgHrTpTbHrpTimOrgVnVaVcCbSoloCho
第1曲--242----221-SATB
第2曲---------221BarSATB
第3曲---42--1221-SATB
第4曲222-----221Sop-
第5曲--24----1221-SATB
第6曲---4-3-1221BarSATB
第7曲-------1221-SATB
※弦楽器の数字はパート数
1888初演稿
基本編成:Org; Str(Va I II, Vc I II, Cb); Choir。+Timp(第1曲)、solo-Vn(第3曲)、Sop solo(第4曲)、Hrp(第3,4,5,7曲)

※1888年5月の演奏ではHr(2), Tp(2)を追加。1892年1月には第6曲が基本編成+Hr(2), Tp(2), Tb(3), Timp, Bar soloで初演。1894年5月にはFg(2)が追加されている。

ノート

フォーレ研究者のネクトゥーは、父が死去した1885年頃を境にフォーレの音楽は転換期を迎えて第二期に入ると述べ、「それまで例外的にしか見られなかった瞑想と悲しみへの傾向が姿を現すようになった」と指摘しています。レクイエムの多くの部分は1887年の秋までに着手されたと考えられ、12月31日の母の死後に筆を進めて、翌年1月16日に初演されました。

こうした経緯から、作曲の動機は父母の死にあるとする説が見られる一方、フォーレが「私のレクイエムは何のために書かれたわけでもありません…あえて言えば楽しみのために」と述べたことを額面どおり紹介するものもあります。いずれにしても、直接のきっかけではないにせよ、両親が他界するという出来事が無関係とは思えません。このレクイエムに《死の恐怖》が描かれていないという指摘に対して、死を苦しみの道のりとしてではなく、幸せな解放、来世での幸福への願望として感じるというフォーレの言葉がしばしば引用されます。それはフォーレの死生観であるとともに、亡くなった人にとってもそうであって欲しいという願いでもあったでしょう。その思いを込めて、「レクイエム(安息を)」という言葉が作品中で何度も繰り返されるのではないでしょうか。

7曲のうち、初演時に演奏されたのは第1、第3~5、第7の5曲で、編成も小さなものでした(フォーレは「小さなレクイエム」と呼びました)。バリトン独唱を持つ第2曲(オッフェルトリウム)と第6曲(リベラ・メ)を加えた7曲が演奏されたのは1893年のことです。さらに、通常のオーケストラ編成に近づけた形で1900年のパリ万博の機会に演奏され、翌1901年に出版されました。

各曲の詳細

レクイエムを構成する7つの曲それぞれについて、歌詞の対訳(試訳)、訳注、音楽上の構成、概要説明と譜例の順で紹介します(フォーレのレクイエムは、稿/版によって異なる楽器編成や管弦楽配置になっていますが、以下の譜例および説明は主として1998年の新アメル版スコアに基づいています)。訳注は長くて煩雑なので、スクリプトとスタイルシートが利用できる環境では折りたたんでいます。

第1曲:Introït et Kyrie(入祭唱とキリエ)

Requiem aeternam dona eis, Domine,1永遠の安息を、与えてください、彼らに、主よ、
et lux perpetua luceat eis.2そして絶えることのない光が、輝きますように、彼らに。
Te decet hymnus, Deus, in Sion,3あなたには賛歌が相応しい、神よ、シオンにおいては、
et tibi reddetur votum in Jerusalem;4そしてあなたに復唱されるでしょう、誓いが、エルサレムにおいては;
Exaudi orationem meam,5聞き届けてください、私の語りかけを、
ad te omnis caro veniet.6あなたのもとへ、全ての肉あるものが至るでしょう。
Kyrie eleison.7主よ、慈悲を与えてください。
Christe eleison.8キリストよ、慈悲を与えてください。
Kyrie eleison.9主よ、慈悲を与えてください。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-17ニ短調 4/4Molto largo (♩=40)Requiem aeternam
18-41ニ短調 - イ短調Andante moderato (♩=72)Requiem aeternam
42-49変ロ長調Te decet hymnus
50-60ヘ長調/ニ短調/嬰へ短調/変ロ短調Exaudi orationem meam
61-91ニ短調Kyrie eleison

ミサの「開祭の儀」を開始する入祭唱の音楽は、ユニゾンで主音Dからだんだん降下していくオーケストラの太い線の上で、合唱が静かにコラールを歌う序奏で始まります。下降線の第2音が、導音のC♯ではなく半音低いCとなるのはフォーレの好んだ書法で、教会旋法にもよく見られる形です。この序奏では、ニ短調から始まって変ト長調という遠い調まで行きながら、最終的に元の調のドミナントに戻って半終止する、フォーレらしい転調も強い印象を与えます。

主部アンダンテ・モデラートからは、はっきりした歩みのリズムに乗って、「永遠の安息を」がテノールによって歌われます。この主題Aは四度の下降と三度上昇して戻るという素材で構成されています(譜例1)。

ソプラノが変ロ長調で「あなたには賛歌が相応しい」と歌う旋律Bは、第2の主題ともいえるでしょう。これはAと逆向きで、四度上昇と二度下降上昇というモチーフが2つ重ねられています。B全体として第2曲以降にも繰り返し現れるほか、短二度、長二度の上下という動きも、随所で重要な役割を担うことになります(譜例2)。

合唱全声部による「聞き届けてください」の部分(第3の主題)では、ffの四度下降とpの四度上昇がせめぎ合いながら増和音をはさんで転調して行きます(転調しながら二度上あるいは下で旋律を繰り返すのは、このレクイエムの中で繰り返し用いられる手法です)。

ニ短調に落ち着いたところでAの主題が戻りますが、ここで歌われるのは「永遠の安息を」ではなく「主よ、慈悲を与えてください」です。歌も単一声部ではなく全合唱となり厚みが増します。第2の主題は反復されず、「キリストよ、慈悲を与えてください」が第3の主題で歌われます(初演稿ではここでTimpが用いられ、儀式的な雰囲気を醸し出しています)が、今度は減七を含む暗い響きで上昇転調のエネルギーもないまますぐに弱まって行き、最後は「エレイソン(慈悲を与えてください)」を繰り返して静かに終わります。

第2曲:Offertoire(奉納唱)

O Domine Jesu Christe, rex gloriae,1おお、主よ、イエス・キリストよ、栄光の王よ、
libera animas omnium fidelium defunctorum2解き放ってください、死せる者の魂を、
de poenis inferni,3下の世界の苦難から、
et de profundo lacu.4そして深い淵から。
O Domine Jesu Christe, rex gloriae,5おお、主よ、イエス・キリストよ、栄光の王よ、
libera eas animas defunctorum6解き放ってください、死せる者の魂を、
de ore leonis,7獅子の口から、
ne absorbeat eas Tartarus.8飲み込みませんように、冥府が。
O Domine Jesu Christe, rex gloriae,9おお、主よ、イエス・キリストよ、栄光の王よ、
ne cadant in obscurum.10落ち込みませんように、闇の中に。
Hostias et preces tibi, Domine,11いけにえと祈りをあなたに、主よ、
laudis offerimus;12賛美をもって捧げます;
tu suscipe pro animabus illis,13主よ、受け入れてください、彼らの魂のために、
quarum hodie memoriam facimus:14その魂の、今日、追想を行なっているのです:
fac eas, Domine, de morte transire ad vitam.15それら魂をして、主よ、死を越えせしめてください、生へ向かって。
Quam olim Abrahae promisisti,16それは、その昔、アブラハムに約束されたこと、
et semini ejus. 17そして彼の子孫にも。
O Domine Jesu Christe, rex gloriae,18おお、主よ、イエス・キリストよ、栄光の王よ、
libera animas omnium fidelium defunctorum19解き放ってください、死せる者の魂を、
de poenis inferni,20下の世界の苦難から、
et de profundo lacu.21そして深い淵から。
ne cadant in obscurum.22落ち込みませんように、闇の中に。
Amen.23アメーン。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-26ニ短調/ロ短調 4/4 - 嬰ハ短調 - 嬰ニ短調Adagio molto (♩=48)O Domine Jesu Christe
27-35ロ短調 - ヘ長調ne cadant
36-53ニ長調 3/4Andante moderato (♩=63)Hostias et preces tibi
54-77(ニ長調 - )イ長調Fac eas, Domine
78-91ニ長調 4/4 - ロ長調I Tempo adagio molto (♩=48)O Domine Jesu Christe

フォーレは18世紀以降のレクイエムに通常含まれる続唱(Sequentia)「怒りの日」を省いて、「感謝の典礼」で祭壇にパンとぶどう酒を捧げるときに歌う奉納唱(Offertorium)を2曲目に置きました。また通常の典礼歌詞では「全ての死せる信者の魂」である部分を「死せる者の魂」に変え、より開かれたレクイエムとしています。

曲は、Bと同じく跳躍上昇と短二度の下上で構成される低音のモチーフで始まります。チェロがニ短調で示す主題をビオラがロ短調で模倣し、さらに声部が増えて転調してゆきます。ホ長調にまで踏み出した和音が響く印象的なカデンツを経て、嬰へ長調(=ロ短調のドミナント)に収まります。

「おお、主よ」をアルトがロ短調で歌い始める主部では、最初の三度跳躍は下降形に反転し(譜例3)、テノールとのア・カペラでカノン風に進行します。オルガンの伴奏もなく切々と歌われる、いわば生身の人間の哀歌なのですが、dolcessimoという指定があり、決して後ろ向きではありません。「下の世界の苦難」などの象徴的なフレーズのところで、低音に逆向きの短二度上下で不安な、あるいは訴えるような音形(譜例4)が表れ、これをブリッジにして旋律は二度上に転調し、このパターンが繰り返されます。

弦のカデンツに導かれて「落ち込みませんように、闇の中に」と祈る経過部は、序奏よりもさらに精妙な9の和音を重ねて、幻惑的な効果をあげます。

バリトン独唱が「いけにえと祈りを」と歌う中間部は、ほとんど音程を変えない朗誦風の旋律。その裏で、伴奏が二度で揺れ動きながら別の調にはみ出しては戻る(ジャンケレヴィッチが「主調を中心にしながらも移ろいゆく響きの中で戯れてゆく」と呼ぶような)カデンツのパターンを繰り返します。オルガンによる間奏とそれに続くバリトンの「それら魂をして」の歌は、リズムを変えたBの旋律です(譜例5)。

*ネクトゥー/ドラージュ版《1893年稿》では、ホルンが旋律を吹いていてびっくりします。

それまで短二度の幅だった下降上昇音形は、「約束されたこと」で長二度となります。伴奏も、揺れ動く二度の狭間に、2小節に圧縮されたBが組み込まれるようになります(これらは次の曲Sanctusに引き継がれます)。「おお、主よ」が合唱のカノンに戻ってきますが、今度はソプラノ、バスも加わって四声部のニ長調となり(さらにオルガンも伴い)、最後にアメーンがロ長調の合唱で歌われます。

この曲は作品の中で唯一、短調で始まって長調で終わります。同じ「おお、主よ」が冒頭はロ短調、再現ではニ長調で歌われることから、《死後の未知の世界への不安が、いけにえと祈りを通じて希望の確信に変わる》といった構図になるのでしょう。最後に式文にはないアメーン(そうなりますように)が置かれているのは、この曲のメッセージが希望であることの念押しでしょうか。

第3曲:Sanctus(聖なるかな)

Sanctus, Sanctus, Sanctus1聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな
Dominus Deus Sabaoth.2主、万軍の神は。
Pleni sunt coeli et terra gloria tua.3満ちています、天と地が、あなたの栄光で。
Hosanna in excelsis. 4ホサナ、高きところにて。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-61変ホ長調 3/4 - ニ長調 - 変ホ長調 - 変ニ長調 - 変ホ長調Andante moderato (♩=60)Sanctus

サンクトゥスは、旧約聖書イザヤ書の第6章冒頭で、セラフィムが呼び交わす言葉を用いた祈りです。変ホ長調の柔らかなアルペジオに乗って、長二度の上下による「聖なるかな」の歌声が、呼びかけと応答の形で響きます(譜例6)。バイオリンの対旋律は、圧縮されたB主題です(譜例7)。この曲で初めてバイオリン(初演稿では独奏バイオリン)が入ることについて、フォーレは「ずっとビオラだったあとで、サンクトゥスではバイオリンがいかに天使的な効果を挙げるかが分かるでしょう!」とイザイに書き送っています。

呼応し合う旋律は、時おり導音を半音下げたり下属音を半音上げたり、ニ長調に降りたかと思うとすぐに変ホ長調に戻ったりと、この調性感の陰影が神秘の雰囲気を醸します。バスの主音が省かれて和音がずっと転回形なので、天使が空を飛んでいるような浮遊感。「満ちています」の旋律はB'と同じ音の並びで、次の「ピエ・イエス」にも受け継がれます。「ホサナ、高きところにて」では半音下がった導音から変ニ長調に至り、旋律が振幅を増してクレシェンドして変ホ長調のドミナントが呼び戻されると、輝かしいファンファーレに導かれた行進です。力強い足音が去ってアルペジオが帰り、合唱が変ホ長調の長い和音で「聖なるかな」を素晴らしく響かせ(前曲とは逆にアルトはここで初めて加わります)、最後にバイオリンの対旋律が高く舞います。

第4曲:Pie Jesu(慈愛深いイエスよ)

Pie Jesu Domine,1慈愛深いイエスよ、主よ、
dona eis requiem,2与えてください、彼らに、安息を、
sempiternam requiem.3いつまでも続く安息を。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-38変ロ長調 4/4 - ヘ長調 - (変ロ長調 - イ短調 - ニ短調 - )変ロ長調Adagio (♩=44)Pie Jesu Domine

通常のミサやレクイエムでは、サンクトゥスの後にベネディクトゥスが歌われますが、フォーレはこれを略し、代わりに続唱「怒りの日」の最後からとった「ピエ・イエス」を置きました。これは、シャルパンティエ、ゴセック、ケルビーニ、デュリュフレなど、フランス式典礼レクイエムしばしば見られる形態です。

旋律を歌うのはソプラノ独唱で、合唱が休みとなる唯一の曲でもあります。オルガンの変ロ長調の和音を受けて、独唱が「慈愛深いイエスよ」と美しく歌い始めます(譜例8)。サン=サーンスが「君の『ピエ・イエス』こそが唯一の『ピエ・イエス』だ。モーツァルトの『アヴェ・ヴェルム』こそが唯一の『アヴェ・ヴェルム』であるようにとフォーレに書き送ったとおり、このレクイエムの中でもひときわ輝く珠玉の調べです。B主題の途中(B')が音程もそのまま用いられている、などといったことは、ベルナール・ガヴォティが「蝶の羽を解剖するようなもの」と呼ぶ類の分析でしょうか。

呼びかけにハープとオーケストラが答えます。ゆったりしたアルペジオは、もちろん旋律のCの部分を受けたもの。1900年稿で加えられたフルート、クラリネットは、実はこの曲しか出番がないのですが、「ここだけのために30分座っていても幸せ」という声が聞かれるほどの音楽です。

独唱は少しずつ音の並びを入れ替えて、さまざまなニュアンスを表現しながらヘ長調との間を往復し、「いつまでも続く」ではイ短調、ニ短調と色彩を変化させて行きます。独唱の伴奏にもオーケストラが加わって厚みを増し、再び戻ってくる「慈愛深い」に向けて変ロ長調のドミナントでクレシェンドしますが、音楽はmfより大きくなることはありません。どこまでも穏やかな曲の最後を、低音がCのアルペジオを奏でて締めくくるのも素敵です。

第5曲:Agnus Dei(神の小羊)

Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,1神の小羊、世の過ちを取り去る方、
dona eis requiem.2与えてください、彼らに、安息を。
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,3神の小羊、世の過ちを取り去る方、
dona eis requiem.4与えてください、彼らに、安息を。
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,5神の小羊、世の過ちを取り去る方、
dona eis sempiternam requiem sempiternam.6与えてください、彼らに、いつまでも続く安息を。
Lux aeterna luceat eis, Domine.7永遠の光が、輝きますように、彼らに、主よ。
Cum sanctis tuis in aeternum,8あなたの聖人たちとともに永遠に、
quia pius es.9なぜならあなたは慈愛深い方ですから。
Requiem aeternam dona eis, Domine,10永遠の安息を、与えてください、彼らに、主よ、
et lux perpetua luceat eis.11そして絶えることのない光が、輝きますように、彼らに。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-44ヘ長調 3/4 - ハ短調 - ヘ長調 - ハ長調Andante (♩=69)Agnus Dei
45-74変イ長調 - ニ短調Lux aeterna luceat eis
75-87ニ短調 4/4Molto adagio (♩=40)Requiem aeternam
88-94ニ長調 3/4I Tempo (♩=72)

聖体に変えられたパンとぶどう酒を拝領する「交わりの儀」では、主の祈りに続いてアニュス・デイの祈り、そして聖体拝領(Communio)が行なわれます。フォーレは「アニュス・デイ」と「聖体拝領唱」を一つの曲に組み込みました。

曲は弦の流麗な旋律(譜例9)で始まります。分散和音を少しずらしただけなのに、なんと素晴らしい調べでしょう。テンポもアンダンテと一段階はや目に設定され、音楽が動的に前に進む感じになります。

最初の「神の小羊」(第1アニュス)を歌うテノールは、弦とは対照的な順次進行で、ミクソリディア旋法の音階(導音を半音下げた形)になっています(譜例10)。全合唱による第2アニュスは、旋律に半音階の要素と強弱の対比が加わり、伴奏は下降音形とシンコペーションが強調されて、緊張感が高まります(頂点に短二度の上下が置かれています)。オルガンのソロに導かれて冒頭が回帰し、再びテノールが第3アニュスを歌います。

第3アニュスがハ長調で終わるのを受けて、ソプラノがハ音で「永遠の光が」と歌い始めますが、この音を軸に変イ長調に転調して雰囲気はがらりと変わります(譜例11)。ここからが「聖体拝領唱」にあたります。

半音階的に順次下降してくる旋律は(「ピエ・イエス」のCが微かに聞こえます)、転調しながら徐々に力を増し、「あなたは慈愛深い方」の思いを吐露してニ短調のドミナントで半終止します。式文がここで「永遠の安息を」となるので、第1曲の序奏が回帰しますが、今度は順次下降する低音にA♭が導入されて調性の方向が変化しています。そして結尾は長調で受け止められ、冒頭の分散和音旋律をニ長調(天国の調)で奏でて曲を終えます(そして初演稿のままなら、ここからすぐに「楽園へ」と向かうはずでした)。

第6曲:Libera Me(私を解き放ってください)

Libera me, Domine, de morte aeterna.1私を解き放ってください、主よ、永遠の死から。
In die illa tremenda;2あの途方もない日に;
Quando coeli movendi sunt et terra.3そのとき、天が動く、そして地も。
Dum veneris judicare saeculum per ignem.4ずっと、あなたが来て裁くその間、世を火によって。
Tremens factus sum ego et timeo,5震えさせられています、私は、そして恐れています、
dum discussio venerit atque ventura ira.6ずっと、揺り判けが来て、さらに怒りが続く、その間。
Dies illa, Dies irae,7あの日、怒りの日、
calamitatis et miseriae,8禍の、そして不幸の、
dies illa, dies magna et amara valde.9あの日、長い日、そして苦い日、とてつもなく。
Requiem aeternam dona eis, Domine,10永遠の安息を、与えてください、彼らに、主よ、
et lux perpetua luceat eis.11そして絶えることのない光が、輝きますように、彼らに。
Libera me, Domine, de morte aeterna.12私を解き放ってください、主よ、永遠の死から。
In die illa tremenda;13あの途方もない日に;
Quando coeli movendi sunt et terra.14そのとき、天が動く、そして地も。
Dum veneris judicare saeculum per ignem.15ずっと、あなたが来て裁くその間、世を火によって。
Libera me, Domine, de morte aeterna.16私を解き放ってください、主よ、永遠の死から。
Libera me, Domine.17私を解き放ってください、主よ。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-52ニ短調 2/2Moderato (𝅗𝅥=60)Libera me, Domine
53-83ヘ長調 6/4 - 変ホ長調 - (嬰へ長調)Piu mosso (𝅗𝅥.=72)Dies illa, Dies irae
84-136イ長調 2/2 - ニ短調Moderato (𝅗𝅥=60)Libera me, Domine

「リベラ・メ」は、ミサ式典の一部ではなく、葬儀の際に、ミサ終了後の赦祷式で歌われる応唱(レスポンソリウム)です。赦祷(Absolutio)とは(罪の)赦しを祈ることで、神の裁きが描かれます。もっとも、神は死者だけでなく「世を裁く」のであり、この曲で一人称が用いられるのは、むしろ生者が赦しを願うという意味であるのかもしれません。

曲は低弦のピチカートとオルガンペダルの脈動に始まり、すぐにバリトン独唱が「私を解き放ってください」と呼びかけます。跳躍の多い旋律ですが、二度下降して三度上昇するというこの曲で繰り返し用いられる要素(D)が含まれています(譜例12)。フォーレのレクイエムではほとんど全ての旋律にdolceと記されていますが、この旋律はその指示がないのも特徴的です。低音オスティナートは、旋律の裏でじわじわと上昇し、フレーズが改まるとポジションを取り直して再び上昇していきます。

「天が動くとき」での旋律は、Dの要素を繰り返して、息の長いクレシェンドで四度上まで昇ります(譜例13)。低音は同じリズムのまま旋律と反対の動きで上下し、変幻自在の和声がその間を埋めて行きます。合唱の「震えさせられています」は、怯えたように弱音で歌いはじめます。ふたたびDによる上昇音形があり、高揚して「揺り判けが来て」を叫びますが、「さらに怒りが」ではだんだん弱気になります。

ホルンのシンコペーションとともに6/4拍子のPiu mossoとなって、「怒りの日」がffで歌われます。ヘ長調ですが、弦とオルガンペダルの対旋律(譜例14)に第6音を半音下げた短二度音程が含まれたりして、緊張度の高いエネルギーが放出されます。

*ネクトゥー/ドラージュ版《1893年稿》では、シンコペーションではなく四分音符の連打になっています…

変ホ長調で「怒りの日」を繰り返した後、「永遠の安息を」でいったんpとなります。ここからDの要素を用い、二度上昇する転調を繰り返してのクレシェンドは圧巻です(ここで歌は三人称に戻っています)。「そして絶えることのない光が」で嬰へ長調に落ち着くように見えますが、音は勢いを失って不安定な減七の和音で「輝きますように」とつぶやきつつ、ニ短調のドミナントに帰ってきます。

冒頭の旋律をユニゾンの合唱がニ短調で歌いますが、今度はdolceとなって(版によっては旋律に長いスラーが加えられて)います。もう一度バリトン独唱が、改めてdolceで歌い、締めくくりに合唱とともに「私を解き放ってください、主よ」と唱えます。このとき、「主よ(Domi-)」で和音がこれまでと違う減七になり、最後は長調に解決するのかと一瞬思わせますが、けっきょく短調に戻ってややほろ苦く終わるあたり、やはりこれは現世の一人称ということでしょうか。

第7曲:In Paradisum(楽園へ)

In paradisum deducant te angeli:1楽園へと、導きますように、天使たちが:
in tuo adventu suscipiant te martyres,2あなたの到着のときに迎え入れますように、あなたを殉教者たちが、
et perducant te in civitatem sanctam Jerusalem.3そしてあなたを案内しますように、聖なる街エルサレムへと。
Chorus angelorum te suscipiat,4輪になって歌う天使たちがあなたを迎え入れますように、
et cum Lazaro quondam paupere5そしてラザロとともに、かつて貧しかった(彼とともに)
aeternam habeas requiem.6永遠に、保ちますように、安息を。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-61ニ長調 3/4Andante moderato (♩=58)In paradisum deducant te angeli

最後の曲は、棺が運び出されるときに歌われる交唱です。第6曲では一人称の祈りになりましたが、こんどは二人称で「あなた」と死者に語りかけます(ここまで、二人称の対象は神でした)。

魂が楽園へと向かう音楽は、木洩れ日がきらめくようなオルガンのアルペジオで始まります。天を目指すごとく跳躍するソプラノの旋律は、導音が徹底して避けられているのが特徴です(譜例15)。伴奏の和音も、トニカとサブドミナントの揺れ動きで、ドミナントは出てきません。

その分、「そしてあなたを案内しますように」で初めて出る変化音(D♯)は印象的です。伴奏も導音を半音下げて借用和音上の属七で戯れるため、ふわふわと漂う感じ。そして「エルサレム」を何度も繰り返しながらト長調、ホ長調と転調を重ねて、イ長調をドミナントにニ長調に戻ってきます。和音の陰影が変わるたびに、光が異なる方向から差すかのようです。

ハープが加わって最初の形を模倣した後、「そしてラザロとともに」からは頻繁な転調で嬰ハ短調までたどり着きますが、頂点の「永遠の」で大きく舵を切って元の調に戻ります。最後は安定したニ長調のハーモニーで「永遠に保ちますように」が歌われ、作品の冒頭と同じrequiemの言葉で静かに幕を閉じます(この言葉で始まるから「レクイエム」と呼ばれるわけですが、最後も同じrequiemで終えるのは、おそらくフォーレが初めてです)。

レクイエムの版と稿について

初演から出版までの変遷

レクイエムの7曲のうち、1888年の初演時に演奏されたのは、第1、第3~5、第7の5曲で、編成もVa、Vc、Cbに独奏Vnを加えた弦とHp、Timp、Orgに、合唱とソプラノ独唱という小さなものでした(フォーレはこれを知人への手紙で「小さなレクイエムpetit Requiem」と呼んだそうです)。ただ、フォーレがコピスト宛のメモとして「管弦楽配置は未完」と書いたように、これは完成稿というわけではなかった模様で、その後の演奏機会にフォーレは徐々に楽器を追加しています。

第6曲(リベラ・メ)はそれより以前、1877年頃にバリトン独唱とオルガンのために書かれていました。また初演後の1889年には、第2曲(オッフェルトリウム)の「いけにえと祈りを」の部分を作曲し、これらを加えた7曲構成でのレクイエムは、1893年1月21日にマドレーヌ教会で初演されました(ただしこの時点では、第2曲の合唱部分は含まれていませんでした)。

*1892年1月28日の国民音楽協会演奏会で初演とする文献がありますが、1892年にはリベラ・メのみが演奏されています。

1890年9月16日付けのアメル(Hamelle)社との手紙ですでに出版の話が出ていますが、さまざまな理由で楽譜は出版されないままでした。第2曲の残る部分の作曲(ネクトゥーによれば1894年)、管弦楽の増強が行なわれたうえで1900年のパリ万博で初演され、翌年出版されます。このオーケストラの増強について、多くの文献はフォーレの意思に反していたと「推測」していますが、フォーレがそう述べたという記録があるわけではありません。実際フォーレは、その成功を喜び、評価する手紙を書いたり、指揮者に助言を与えたりもしているのです

楽器編成でも示したように、1894年にはすでにFg、Trp、Trbも加えた編成で演奏されており、1900年との違いはFl(2)、Cl(2)、Hr(+2)の追加とVnが合奏になったことにとどまっています。

この管弦楽配置をフォーレ自身が行なったかどうかも、出版に用いた清書自筆譜が残っていないためはっきりしません。合唱譜用のピアノ版の作成を弟子のジャン・ロジェ=デュカスに委ねたこと、他の曲でもオーケストレーションは弟子などに任せる場合があったこと、また出版譜はフォーレが校正したとは思えないほど誤りが多いことなどから、ネクトゥーが「自筆譜とフォーレ自身の指示に基づきながら、第三者が新たにオーケストラ譜を書き上げた(勿論フォーレを通じて出版社の意向も取り入れながら)とは仮定できないだろうか」と述べるような第三者説が示されています。

エディション(版)とバージョン(稿)

フォーレのレクエムの、出版された楽譜は複数あり、各出版譜をエディション()と呼んで区別します。また、初演から初版譜出版までの間に楽器編成や管弦楽配置に手が加えられており、そのある段階を特定した(推測して再構築した)ものをバージョン(稿)として言及する場合があります。

初版譜とその校訂版

フォーレの生前に出版されたのは1901年のアメル版のみでした。このスコアはパート譜との食い違いや明らかな音符の誤りなど問題点が多々ありましたが、これ(およびそのリプリント)が唯一の演奏用出版譜として長く用いられてきました。出版から三四半世紀が経過してようやく校訂版が出版されています。

  • 1975年:D.ラトクリフ校訂、ノヴェロから
  • 1977年:ネクトゥーR.ツィンマーマン校訂、ペータースから
  • 1978年:R.フィスケP.インウッド校訂、オイレンブルクから(スタディスコアのみ)
  • 1998年:ネクトゥー校訂、アメルから(新アメル版)
  • 2005年:M.リゴディエール校訂、カルスから
  • 2011年:M.シュテーゲマンC.M.スタール校訂、ベーレンライターから(予定通りシリーズI, 2として出版されました

Dover、Kalmusから入手できる版は初版のリプリントです。初版を含めたこれらの版は、演奏年から1900年稿(場合によっては初版出版年から1901年稿)、あるいは次の復元版との関係から第3稿とも呼ばれます。

初期稿の復元版

ネクトゥーが1972年に出版した伝記に「フォーレの時代にマドレーヌ教会で演奏された稿に立ち返ることは、可能であるだけでなく望ましいことと思われる」と書いたことなどをきっかけに、初期の“バージョン”を復元しようとする動きがでてきます。

  • 1983年:D.アーノルド編集・校訂。ルネサンス期の研究で知られる音楽学者が、1888年初演時の楽器編成を用いながら7曲の楽譜を校訂し、オックスフォード・スコラ・カントゥルムが1984年に初演したというもの。出版されていませんが、NaxosのCDで演奏を聴くことができます。
  • 1984年:J.ラター編集・校訂、ヒンショウ/オックスフォード出版局から。パリ国立図書館に保管されていた初演稿の自筆草稿(第1、3、5、7曲)を中心に検討した成果を出版しました。
  • 1994年:ネクトゥー/R.ドラージュ編集・校訂、アメルから。ネクトゥーは、マドレーヌ教会に保存されていたパート譜など、より多くの資料を参照し、1970年代から初期稿の復元を手がけ、1978年には私的な演奏も行なっていたものの、著作権の関係で刊行できずにいました。最終的に共編という形で出版されたのは1994年でしたが、その扉には1970-1994と記されています。
  • (2005年:レッゲ編纂、CPDLで公開。独自の校訂というよりは、他の研究者の成果を参照して演奏譜を作ったというべきものです。)
  • ベーレンライターがネクトゥーをディレクタに起用して企画中のフォーレ全集では、シリーズI, 1として1893年稿の出版も計画されています。

これらの版は、1893年の全曲演奏を念頭に1893年稿と呼ばれたり、初演稿に対して第2稿と呼ばれたりします。いずれもFl、Cl、Vn合奏パートを持たない1900年以前の編成という点では共通していますが、それぞれの視点で資料を選択して構成した独自校訂譜で、内容はかなり異なります。またラター版は多くの楽器をオプション扱いしており、特定バージョンの復元というよりも、演奏者が(1900年以前の)レクイエムを検討・再構築するための素材と指針という性格を持っています。

《第2稿》《第3稿》という表現はしばしば用いられますが、作曲者がそう呼んだものがあるわけではなく、相対的、便宜的なものです(ネクトゥーは「第1のバージョンは1888-93年のもので、第2のバージョンは1899-1900のものだ」と述べていました)。また《第2稿》に相当するものが《オリジナル》と呼ばれるべきというわけでもありません。

NMLで聴けるいくつかの版

試聴も可能なナクソス・ミュージック・ライブラリから、様々な版によるフォーレのレクイエムの録音をいくつか一覧にしてみます。

フォーレ:レクイエムの演奏者、版、演奏時間および録音
指揮演奏IIIIIIIVVVIVII録音
ジェレミー・サマリー オックスフォード・スコラ・カントルム DA 6:378:553:293:325:594:383:28 Naxos 8.550765
ローレンス・エキルベイ アクサンチュス室内合唱団 JMN1 5:018:193:103:445:394:493:19 naive V5137
アントニー・ウォーカー カンティレーション JMN1 6:088:093:244:135:184:463:20 ABC Classics ABC472045-2
ジョン・ラター シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア ラター版 5:538:203:033:285:174:303:40 Collegium COLCD109
ダグラス・ボストック ボヘミア室内p ラター版。ハルモニウム使用 6:086:593:003:015:234:193:10 Classico CLASSCD241
ハリー・クリストファーズ シックスティーン+ASMF JMN2。Novello版の合唱譜使用 5:177:203:123:215:144:473:04 Coro COR16057
ヤン・パスカル・トルトゥリエ BBCフィルハーモニー管 1900年稿(JMN2?) 6:557:333:043:225:444:413:40 Chandos CHAN10113
フレデリック・マルムベリ スウェーデン放送合唱団 M. ワグナーによるOrg伴奏版 6:228:113:023:025:314:173:15 BIS SACD-1206

※DA:1888年初演時の楽器編成によるデニス・アーノルド校訂版(1983年)。JMN1:ジャン=ミシェル・ネクトゥー校訂1893年稿、JMN2:同校訂1900年稿

試訳について

この試訳では、歌としてひとまとまりのフレーズになるものは、歌う順序(=ラテン語原文の順序)をできるだけ尊重して、逐語訳的に訳しました。結果として日本語がこなれていない箇所が多々ありますが、そもそも韻文は語順も含めて多様な表現が求められるわけですから、このほうが歌詞らしいと言えなくもないかなと思っています。

また、レクイエムの歌詞は基本的に「死者のためのミサ」の典礼式文をそのまま用いますが、フォーレは比較的自由に語句を追加したり取り去ったりしています。オッフェルトリウムにおいて「全ての信者」という言葉を省いたことからも、キリスト教会の教義に従うよりも、自身の死生観を表現することを重視しているように思われます。この試訳でも、辞書や参考文献などで語義を再検討し意味を考え直した結果、ミサ典礼文らしくない訳とした部分もあります。

原文の句読点や大小文字は、資料によってばらばらなので、新アメル版(1900年稿)のテキストを基準にしつつ、一部他の版や参考文献のものを取り入れました。

なお、歌詞対訳(試訳)は「各曲の詳細」に分散していますが、ひとまとめにしたいときは、ここに一括表示することもできます。

参考文献

フォーレのレクイエムについて

レクイエム全般とテキストについて