ウェブ ブラウザ小史 2001

WWWの誕生から「ブラウザ戦争」に至る流れ(1989年〜2001年)の中で登場した様々なブラウザの足跡を辿ってみます。『Web Designing』誌2001年12月号に寄稿した記事をほぼそのまま再掲載するものです(年表はかなり追加調査しています)。

WorldWideWebの誕生

1989年3月、ティム・バーナーズ=リーは Information Management: A Proposalと題するペーパーをCERNの関係者に配布した。ウェブの歴史の第一歩が、静かに踏み出されたのだ。 この提案を目に見える形にするためのハイパーテキスト処理プログラム、すなわち最初のウェブ・ブラウザは、翌1990年のクリスマスまでには完成する。

バーナーズ=リーがつくったブラウザは、その名もWorldWideWeb[1]という、NeXTコンピュータ上で動くGUIベースのものだ。画像をインラインで表示することこそできなかったが、独自のスタイルシートを備え、ページの閲覧だけでなく編集も行える、かなり高機能なアプリケーションであった。

もっとも、このブラウザはNeXTの機能と開発環境を前提にして作られていたので、他のプラットフォームへの移植は容易ではなかった。これではせっかくのWWWが広がっていかない。そこでバーナーズ=リーは、CERNの研修生ニコラ・ペロウ(Nicola Pellow)とともに、シンプルなLine Mode Browser[2] (スクロールなしの順次表示型ブラウザ)も開発し、UNIXやMS-DOS上で利用できるようにした。さらに、CERN内部だけでの開発には限界があるため、ニコラの後任ジャン=フランソワ・グロフ(Jean François Groff)の手を借りてブラウザの基本機能をC言語で書きなおし、libwww[3]として公開した。このライブラリコードをベースに、各地でさまざまなブラウザの開発がスタートする。

〔画面コピー〕 世界初のウェブブラウザWorldWideWebは、当時注目されていたスティーブ・ジョブズのコンピュータNeXT上で作成された。リンクを辿ったブラウジングだけでなく、HTML文書の編集、リンクの埋め込みも簡単に行える点が特徴で、バーナーズ=リーはその後登場するブラウザが編集機能を持たないことをしばしば残念がっていた。ブラウザの名前は、混乱しやすいということから後にNexusと変更される。(画像はScreen shot of Tim Berners-Lee's browser editor として公開されている画面の一部)

CERNの外で

1992年4月にUNIXのX Window用として初めて登場したのが、ヘルシンキ大学工学部の学生チームが修士論文プロジェクトとしてつくったブラウザだ。学部の略称がOTHだったので、新しいプログラムはErwise[4]と名づけられた(すなわちOtherwise)。なかなかよくできたブラウザだったようだが、彼らの卒業とともにプロジェクトは消滅してしまう。

同年5月にはViolaWWW[5]が公開される。 UCバークレイの学生だったペイ・ウェイ(Pei Wei)は、オブジェクト指向のアプリケーション開発環境Violaを設計していた。彼はこの言語の能力を示すために、Viola上で動くブラウザも書き上げたのだ。ViolaWWWはとても洗練されたブラウザで、グラフィック表示、テーブル、スクリプト、折り畳み可能なリスト、外部アプレットなど、現在の最新ブラウザにも引けをとらない機能を次々に加えていった。

先進的で表現力豊かなViolaWWWは、初期ブラウザの手本ともいうべき存在だったが、独自の環境が必要なためインストールが複雑で、しかもUNIX以外には移植することができない。残念なことにViolaの開発は打ち切られ、この高度なブラウザは一般ユーザーの目にほとんど触れることなく舞台から消えていく。

〔画面コピー〕 高度なグラフィック能力を持つ言語Violaの上に構築されたViolaWWWは、HTML 3.0として検討されていた多くの機能やアプレットを備え、時代を大きく先取りしていた。画面は1993年頃のバージョンによるもので、HTMLの進化形として一時とりあげられていたHMMLで書かれたページを表示している。

多様なブラウザの登場

WWWが普及するには、やはりMacintoshやWindowsなどのパーソナル環境のためのブラウザが不可欠だ。最初に登場したのは、Samba[6]というMacintosh用のブラウザだった。これはバーナーズ=リーとともにWWWプロジェクトの初期を担ったロバート・カイヨー(Robert Caillau)が開発したもの。1992年夏ごろニコラ・ペロウによってある程度使えるように仕上げられ、年末にリリースされた。

〔画面コピー〕 最初のMacintosh用ブラウザSambaの画面。93年頃のバージョンを使ってみたが、ご覧の通りとてもシンプルなもの。文書ウィンドウの後ろに「console」というウィンドウが開いており、HTMLをパースした結果などが示されているのが面白い。

Windowsで動く最初のブラウザは、コーネル大学ロースクールのトム・ブルース(Tom Bruce)によって開発されたCello[7]である(Violaを意識した名前だ)。法律関係者の多くがPCを使っていることから、彼はそこで利用できるブラウザの設計を思い立ち、1993年の6月にはβ版を公開した。当時のPCは非力なためUNIX向けのWWWライブラリを使うことができず、コードの構築はかなり大変だったらしい。苦心の作だったわけだが、個人レベルでのメンテナンスには限界があり、やがて開発は停止してしまう。

〔画面コピー〕 Windows上で動く最初のブラウザはCello。リンクのアンカーテキストは、当時のWindowsのヘルプと同様に点線で囲まれている。青い下線というのは、比較的新しいインターフェイスなのだ。画面は94年2月に登場したバージョン1.0で、この時点ではインライン画像も実現されていたが、最初はテキストのみだった。

同じく1993年には、ヒューレット・パッカード社のデイブ・ラゲット(Dave Raggett)が、テーブル、数式、PNG画像表示などさまざまな実験的な機能を盛り込んだブラウザArena[8]を開発した。ラゲットは後にW3CでHTML+、HTML3、HTML4などの仕様をまとめる立場となり、彼のArenaはHTML3.0、CSS1の標準テスト用ブラウザとして活躍した。

同年3月には、カンザス大学のルー・モントゥリ(Lou Montulli)が、キャンパス用情報システムとして開発していたハイパーテキストブラウザをウェブ用に書き改め、Lynx 2.0[9]としてリリースしていた。山猫(linx)とリンク(links)をかけた名前のこのテキスト型ブラウザは、軽快な動作と的確なHTMLの解釈で支持を集め、今でも広く使われている。

Mosaicから商用ブラウザへ

1992年の秋、イリノイ大学NCSAのチームは、Collageというオンライン共同作業システムを開発していた。インターネットでWWWプロジェクトが進行しているのを知ると、彼らは開発中のシステムをウェブと互換性を持つものに修正する。ブラウザの歴史、そしてWWW自身の歴史にとっての大きな転機となったMosaic[10]の誕生だ。

Mosaicは1993年1月にはUNIXのX Window向けのアルファ版が公開され、秋にはMac版、Windows版が登場した。初のクロスプラットフォームを実現したことに加え、初心者でも簡単なインストール、(いろいろな問題をはらみつつ)ビットマップ画像のインライン表示機能などを備えており、ウェブの普及に一気に弾みをつけたのだった。

〔画面コピー〕 MosaicのWindow用β版の画面で、プログラムファイルには93年9月28日のタイムスタンプがある。img要素の導入についてはwww-talkで激論が交わされたが、インライン画像のインパクトはWWWの世界を大きく変えた。

Mosaicは、ViolaWWWのような高度な機能よりも、利用者にとっての簡単さ、楽しさを重視して開発されている。Mosaicの機能について標準との乖離がメーリングリストで問題になると、マーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)は常に「それがユーザーの求めることだから」といって主張を押し通した。標準と相互運用性vs利用者の目を惹く華やかさという議論は、このあたりまで遡るわけだ。

1994年、ジム・クラークはアンドリーセンらMosaicの開発者を集めてMosaic Communications(後のNetscape Communications)を設立。12月にはNetscape Navigator 1.0[11]が、初の商業ベースのブラウザとして登場した。Mosaicのコードを最初から書き直したというだけあって、敏捷な動作でたちまち人気を博する。このころ日本では、Netscapeを始めInfoMosaic、AIR Mosaic、WebSurferなどが、単独であるいはインターネット入門キットといった形で販売された。

〔画面コピー〕 1994年に登場したMacintosh用ブラウザMacWeb[12]の画面。日本語の折り返しができなかったが、画像が扱え、フリーで軽かったので、結構広く使われていた。

ブラウザ戦争、そして標準化への道

〔画面コピー〕 Macintosh用のNetscape Navigator 2.0の画面。このバージョンからJava、Javascript、フレーム、フォント色などがサポートされ、独自の機能でブラウザの表現力を競う「ブラウザ戦争」が始まる

それまでMSNなど独自のネットワーク展開を前面に出してインターネットに距離を置いていたマイクロソフトが、Windows95の発売とともに大きく路線を転換させる。同社はMosaicの流れを汲んだSpyglass からライセンスを受けてInternet Exlorer[13]を開発し、それをOSに組み込むという戦略を採った。

〔画面コピー〕 MicrosoftのInternet Explorerはバージョン3でかなり本格的なものとなり、Netscapeの地位を脅かし始める。IE3はW3C勧告を先取りしてCSS1を一部実装したが、中途半端なものだったために、スタイルシートの利用に混乱を来すことになる。

Netscape社とのブラウザの競争は激しさを増し、それぞれが新しい機能を追加して「表現力」を競っていく。その結果、両者のバージョン4が登場する1997年夏頃には、ブラウザによってHTMLの書き分けが必要という非互換性が深刻な問題となったのだった。

やがてシェア競争に終止符が打たれ、W3CのHTML4勧告が普及するようになると、次第に標準的なHTMLの重要性についての認識が高まっていく。98年にNetscape社はMozillaのコードを公開して、オープンソースコミュニティによる開発に委ねるという決断をした。こうした流れの中で2001年に登場してきたIE、Netscapeのバージョン6は、いずれも従来のブラウザに比べてずっと標準を意識したものとなっている。

現在のところIEが市場を制覇したかに見えるが、モバイル環境や家電・ゲーム系端末の発達により、ブラウザは新たな多様化の局面を迎えるだろう。これからは、ウェブを「机の前で見る」ブラウザだけではなく、「場面に応じて活用する」ツールが求められるようになるはずだ。そのためには、ブラウザ、オーサリングツール、ページ作者それぞれが、特定の条件での見栄えを競うのではなく、環境に依存しないページづくりを推進する必要がある。そのうえで、XMLやメタデータによるデータの共有と多角利用が普及すれば、ブラウザは本当に利用者にとって役に立つ「エージェント」に進化していくに違いない。

※本文中の「今」「現在」は2001年末の時点を指しています。

ブラウザ関連年表

1989〜2001のブラウザ関連事項
時期ブラウザ発表・備考
1989-03バーナーズ=リー"Information Management: A Proposal"を発表
1990-12最初のブラウザWorldWideWeb1Line Mode Browser2が動くようにA Little History of the World Wide Webより
1991-08-20ブラウザとサーバーをCERN外部にも配布comp.sys.next.announceでの告知
1991-12-13高機能ブラウザViolaWWW予告5www-talkへの投稿(翌年1月にはTimBLがレビューを投稿、5月に公開版)
1992-07-26初のX Window用ブラウザErwiseのβ0.14www-talkでの告知(4/15にαリリースあり)
1992-1191年から提供されていたlibwwwをバージョン1.0としてリリース3日付は変更歴より
1992-11-16Unix用のMidasWWWバージョン1.0リリースwww-talkでの告知
1993-01-24X Mosaic 0.5リリースwww-talkでの告知
1993-03-11Lynx 2.0αリリース9www-talkでの告知
1993-04Mac用ブラウザSambaのバージョン1.0をリリース6日付はR.CailliauのStatus記述による
1993-04-12T.ブルースが初のWindows用ブラウザCelloを予告7www-talkでの告知(6月にβ版)
1993-08HTML+がinternet-draftとして提案される。エディタのデイブ・ラゲットは、テスト用ブラウザArenaも開発8
1993-09-22/27MosaicのWindowsおよびMacintosh版βリリース10日付はNCSAの資料より(v1.0.0は11月10日)
1993-11IIJがインターネット接続サービスを開始
1994-05-25第1回国際WWW会議
1994-05-31MacWeb0.98(α版)リリース12日付はリリースノートより
1994-10-01W3C設立
1994-10-10ハコン・リーによる最初のカスケーディング・スタイルシートの提案
1994-10-13Mosaic Netscapeβ版リリース公開www-talkでの告知
1994-12-15初の商用ブラウザとしてNetscape Navigator 1.0リリース11プレスリリース
1995-01この頃、国産ブラウザw3mのコードが書かれる
1995-05SUN、Javaを発表
1995-08-24米でWindows95発売、IE 1.0がMicrosoft Plus!のInternet Jumpstart Kitとして登場13Wikipediaほか多数)
1995-09-18Netscape Navigator 2.0リリースプレスリリース
1995-11HTML 2.0がRFC1866として公開される
1995-11-27Internet Explorer 2.0リリースComputer History Museumの記録など多数
1996-08-13/17Internet Explorer 3.0、Netscape Navigator 3.0が相次いでリリースPC Watchの記事など多数(NN3は8/19予定だったが、実際には17日)
1996-08-21W3Cの新しいテストブラウザAmaya alpha 0.8が発表されるW3C Journalwww-talkでの告知
1996-09Windows用のOpera 2.1がシェアウェアとして公開日付はOpera Softwareの2002アニュアル・レポートより
1996-12-17CSS1がW3C勧告となる
1996-12-20Netscape Communicator 4.0 PR1公開PC Watchの記事など
1997-01-14HTML3.2がW3C勧告となる
1997-04Internet Explorer 4.0(Platform Preview版)Internet Watchの記事
1997-06-11Netscape Communicator 4.0リリース6月4日付プレスリリースで予告
1997-09-30Internet Explorer 4.0リリースCNNの記事など多数
1997-12-18HTML4.0がW3C勧告となる
1998-02-10XML 1.0がW3C勧告となる
1998-03-31Netscapeソースコードを公開プレスリリース
1988-05-12CSS2がW3C勧告に
1998-06-11Internet Explorer 5.0 developer PreviewTechWeb記事ほか
1998-09-03オープンソースMozillaが初のバイナリ版を公開mozillaZineの記事
1999-02ドイツ生まれのMacintosh用ブラウザiCabが登場
1999-03-18Internet Explorer 5.0リリースCNETの予告記事ほか
1999-05-05WAIのWeb Content Accessibility Guidelines 1.0がW3C勧告に
1999-09-28Netscape Communicator 4.7リリースInternet Watchの記事プレスリリースは30日付)
2000-01-26XHTML 1.0がW3C勧告に
2000-07-12Internet Explorer 5.5リリースCNET記事ほか多数
2000-11-14Netscape 6.0リリースプレスリリース
2000-12-06Opera 5.0が無料版としてリリースプレスリリース
2000-12-19XHTML BasicがW3C勧告に
2001-08-27Internet Explorer 6.0リリースCNET記事ほか多数