ユニバーサルアクセスの課題と展望

W3Cはそのミッションの中で「ユニバーサルアクセス」をゴールのひとつとして掲げている。W3Cのアクセシビリティと国際化の専門家2人にお話を伺う機会を得たので、この2つの観点から、ユニバーサルアクセスの現状と今後を考えてみる。

アクセシビリティとコミュニケーション

4月に「アクセシブルサイト・コンテスト」の審査をお手伝いした時、改めて「ユニバーサルアクセス」について考え直すことになった。多数の応募サイトは、それぞれターゲット利用者も違えば目的も異なる。その中から、一律の基準でどれがいちばん「アクセシブル」かを決めるのは、非常に難しい。サイトのユニバーサルアクセスの設計は、何がポイントなのだろう。

W3Cチームのメイ氏

WAIのアクセシビリティ専門家であるマシュー・メイ氏は、「コミュニケーションの流れを考えることがもっとも大切」だと言う。ウェブでの情報発信は、WWWを通じて利用者とのコミュニケーションをはかることに他ならない。ユニバーサルなアクセスとは、誰もがこのコミュニケーションに参加できるようにすることだ。

メイ氏も言うように、このコミュニケーションという視点が抜け落ちた“アクセシビリティ”は、本来の姿ではない。だから、視覚デザインを犠牲にしてメッセージ性が低下してしまうのは望ましいことではないし、逆に指針に示されているからといって、コミュニケーション向上に無関係なテクニックを弄しても意味がないのだ。

目的を考えたアクセシビリティ機能を

アクセシビリティの基準といえば、現時点ではやはりWAIのWeb Content Accessibility Guidelines (WCAG) 1.0ということになるだろう。1999年5月に勧告されたこの指針は、アクセシビリティを高めるための重要な考え方が盛り込まれており、これが出発点であることは間違いない。

WCAG1.0は、同時に策定が進んでいたHTML4を念頭に置いており、そのアクセシビリティ関連機能がブラウザに組み込まれることを期待していた。ところが実際には、現在でもこれらの機能が主要なブラウザで十分実装されているとは言い難い。そのため、WCAG1.0のチェックポイントが一部実情に合わないという事態も生じている。

たとえばチェックポイント3.7は「引用はq, blockquote要素でマーク付けし、引用符を使わないこと」としている。しかしq要素はブラウザによって実装が異なり、引用符をうまく処理するには本質と関係ないトリックが必要になってしまう。

あるいは「アクセシブルサイト・コンテスト」の審査でも議論になったaccesskeyチェックポイント9.5は「重要なリンク、フォームコントロールにはキーボードショートカットを与えること」としてこの属性の採用を求めている。ところが、どのキーにどんな役割を持たせるかについては標準や指針が存在しないため、サイトごとにバラバラの対応となって、利用しにくい。しかも、多くのブラウザでは標準メニューのショートカットとキーバインドが競合したり、accesskeyの割り当て状況が標準では表示されなかったりと、およそ実用的とは言えない状況なのだ。

アクセシビリティの認識が高まる中、WCAG1.0のチェックポイントに合致することが条件とされるケースが増えてきた。しかしその結果として、使いやすさやコミュニケーションという観点ではなく、基準をクリアするためだけに機能を強引に組み込む例も目にするようになっている。

メイ氏は、WAIもその問題点を認識していると言う。「WCAG1.0は、アクセシビリティに関する基準が何も存在しない時につくられたことを思い出してください。チェックポイント(特に優先度3)の中には、無理に採用すると本来の設計を損なう可能性のあるものも含まれています。テクニックではなく、何のためにその機能を使うのか、目的を考えることが重要です。」

WCAG1.0をサイト制作の指針や条件などとして採用する時は、こういう点は十分考慮しておくべきだ。WAIでは、これらの問題へのフィードバックを含めたより新しい指針、WCAG2.0の準備を進めている。

WCAG2の取り組みと考え方

WCAG1.0が主としてHTMLを念頭に制定されたのに対し、もっと幅広くウェブコンテンツ一般のアクセシビリティ指針を提供しようとするのがWCAG2.0だ。2003年4月末には草案の第4版が公開されている。メイ氏によれば、2004年には勧告にまとめたいということだ。

WCAG2.0では、指針は大きな項目にまとめられ、その中にチェックポイントと「達成度合いの判断基準」が記されるという形になる。草案であることを承知の上で、現時点での指針を紹介しておこう。

  1. 認知可能:全ての機能と情報は、言葉で表現できないものを除き、全ての利用者に認知できるようにすること
  2. 操作可能:コンテンツのインターフェイス要素は、全ての利用者が操作できること
  3. 移動可能:コンテンツの方向付けおよび移動手段を提供すること
  4. 理解可能:コンテンツや操作・入力手段を可能な限り理解しやすくすること
  5. 強靱さ:現在および将来においてコンテンツの能力を最大に引き出すウェブ技術を用いること

ウェブでのコミュニケーションを「データや機能があることを認知する」→「機能を操作する」→「内容を理解する」と段階的に捉え、それらをユニバーサルに実現するという流れで指針がまとめられている。WCAG1.0に比べると抽象的だが、「何のために」をきちんと考えるには、この指針は草案段階でも大いに参考になるだろう。

WCAG2.0では、判断基準ができるだけ客観的なものになるよう検討されていることも注目しておきたい。たとえば、WCAG1.0のチェックポイント1.1は「全ての非テキストコンテンツには、同等のテキストを提供すること」となっているが、alt属性の内容が画像と「同等」であるかどうかは人間が主観的に判断するしかない。そのため、ツールによる適合チェックが煩雑になり、「アクセシビリティ対応は面倒」という印象を生む要因にもなっている。

WCAG2.0の草案では、最小レベルの基準が「同等のテキストを持つこと」、より高度なレベルが「テキストの内容まで吟味して同等の機能を達成していること」と、客観性の度合いを使い分けている。細部は今後変更される可能性もあるが、アクセシビリティへの取り組みを分かりやすくしてくれるものとして期待できそうだ。

国際化という観点でのユニバーサリティ

誰もが利用できる「ユニバーサルアクセス」のためには、アクセシビリティにとどまらない観点も必要になってくる。たとえば「国際化」という分野だ。

ウェブのブラウザは比較的早くから多国語の表示に対応しており、日本語コンテンツの公開も特に不自由なくできる。そのため、改めて国際化と言われてもぴんとこないかも知れない。しかし、実は基本的なところでまだ不十分な点が残っている。

たとえばリソースを識別するURIには、今のところASCII以外の文字が使えない。これがなぜ不便なのかは、検索エンジンの結果URIをメールで知らせようとしたことがある人なら分かるだろう。検索に使った語句は%HH...という形に変換されており、クリックしてみるまでURIが何を示しているのか理解できないのだ。同じURIの制約によって、Wikiのようなシステムでは日本語による項目を立てることが難しいし、URIで語彙を表現するRDFでは日本語の語彙が違反となってしまう。

W3C国際化リーダー:
マーティン・テュールスト氏

この問題に対応する規格として、W3Cの国際化リーダーであるマーティン・テュールスト氏を中心にIRI (Internationalized Resource Identifiers)の策定が進められている。これはURIを国際化して多様な文字・言語による表記を可能にしようというもの。近い将来に標準化される見込みで、W3Cの主要規格でも採用される予定だ。

URIはさておき、現実に一番問題なのは「文書の符号化情報が適切に伝えられないケースが多いこと」とテュールスト氏は言う。特にXMLの場合、人間がチェックしていては価値が半減するので、正確な情報は不可欠だ。しかし、文字コード情報を正しく送らないウェブサーバーは少なくないし、ウェブログツールを使ったRSSでも誤った記述をよく目にする。文字符号に関しては、発信者もその役割と手法を理解して、正確な情報提供を心がける必要がある。

そのほか、言語コードを示すlang, xml:lang属性も、自動翻訳の可能性、音声での適切な発音など、ユニバーサリティ、アクセシビリティとかかわる重要な情報だ。ウェブの国際化はあまり目立たない分野だが、日本語を使っているわれわれは、もっと関心を持って注目していくべきだろう。

誰もが参加できるコミュニケーション

ユニバーサルアクセスについて、テュールスト氏は「全部がつながることこそウェブ。同じ情報を違う形で表現できるようにし、誰かが何らかの理由で取り残されたりしないというのが理想ですよね」と語る。特定のシステム、環境、文化などにかかわらず、全ての人とコミュニケーションを可能にすること。この基本的な考え方を忘れないことが重要だ。

たとえばアクセシビリティを考える時、音声読み上げに配慮することはできても、弱視の人の拡大画面やPocketPCなどの小型デバイスまでいちいち確認するのは容易ではない。ましてやコンテンツを作り分けるなどというと大変なことになる。特定の環境への対応ではなく、目的をきちんとふまえた設計こそが最善の策なのだ。

これは教科書的なお約束ではなく、コミュニケーション充実のための積極的な提案であることを理解しよう。テュールストが締めくくってくれた。「どんどんウェブを活用して先に進んでいきましょう。問題があったら、いつでも連絡してください。」