rdf:type | <https://jpsearch.go.jp/term/type/民族資料> |
rdfs:label | "青い目の人形" |
schema:name 3 | "Blue-eyed doll" @en |
schema:name | "あおいめのにんぎょう" @ja-kana |
schema:name | "青い目の人形" @ja |
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schema:description 2 | "大正から昭和にかけての時代は、日本とアメリカの関係が少しずつ険悪になりつつあった時代でした。そんな昭和2年(1927)、アメリカ人宣教師ギューリック博士の提唱により、アメリカから日本の子どもたちへおよそ1万2千体の友情人形「青い目の人形」が贈られました。そのうちの1体が知内町の中ノ川尋常小学校へ寄贈され、大切に保管されていました。昭和16年(1941)年に始まったアメリカとの戦争により、全国の青い目の人形は燃やされたり竹槍訓練の標的にされ処分されてしまいました。知内でも同じような状況になろうとしましたが、「人形を焼くような大人げないことをして戦争に勝ったところで何になる」という意見が通り、処分されずに残ったということです。平成19年(2007)、知内小学校の4年生により「ブルーチェリー」と名付けられました。...(more)" |
schema:description | "This is one of about 12,000 blue-eyed dolls sent from America to Japan in 1927. Only just over 300 dolls remain today." |
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