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rdfs:label | "徳川家康黒印状" |
schema:name 3 | "Tokugawaieyasukokuinjou" @en-jp |
schema:name | "とくがわいえやすこくいんじょう" @ja-kana |
schema:name | "徳川家康黒印状" @ja |
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schema:description | "1598(慶長3)年、時の権力者・豊臣秀吉が死ぬと、蠣崎慶広は姓を松前へ改め、徳川家康の臣下となります。1603(慶長8)年、家康が征夷大将軍となり江戸に幕府を開くと、慶広は江戸へ赴き、翌1604年1月27日、この黒印状を与えられました。松前氏は、これまで東北地方の豪族・安藤氏の配下にすぎませんでしたが、家康からアイヌ民族との交易に関する権利を保証され、以後蝦夷島の支配者としての地位を築きはじめました。第1条では、本州より松前へ出入りする者が、松前氏に無断でアイヌ民族と直接交易することを禁止しています。第2条では、松前氏に無断で渡海して商売することを禁止していますが、アイヌ民族については自由であるとしています。第3条では、アイヌ民族に対して乱暴を働くことを禁止しています。以上のことから、アイヌ民族と交易できる和人は、松前藩にほぼ限定され、アイヌ民族は松前城下で和人と交易を行うようになりました。...(more)" |
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