ノリントン2001来日記者会見
シュトゥットガルト放送響(SWR)と来日したノリントンが、公演に先立って11月7日に記者会見を行いました。今後“モダン”オーケストラでこれまでのHIPの実践を生かしていくことが活動の中心になること、これから発売されるSWRとのCDなど、いろいろな話題がありましたので、レポートします。
SWRオーケストラマネジャー、フィッシャー氏の挨拶
最初に、SWRのオーケストラマネジャーであるフェリクス・フィッシャー氏から、SWRとノリントンの関係やこれからの予定などが紹介されました。以下、フィッシャー氏の挨拶要旨です。
SWRとノリントン
日本に来るのは、我が家に帰ってくるような気分です。というのも、このオーケストラの来日はこれが5回目となり、日本の音楽ファンの関心、レベルの高さを感じていたからです(1986/マリナー、1990、93/ジェルメッティ、1996/ベルティーニとそれぞれ来日)。SWRは、1971-81に首席を務めたチェリビダッケと、96年から名誉指揮者であるプレートルの二人の偉大な指揮者によって名声を高めてきました。シュトゥットガルトは、ポルシェとベンツの街として有名ですが、いまや音楽の面でもドイツでホットな存在です。このオーケストラはもちろん、オペラがヨーロッパ全体からも注目の的となっているのです。
ノリントンを招いてから、いろいろな曲に取り組んできましたが、今回のモーツァルトからエルガーに至るプログラムは、このツアーのために特別に企画したもので、ノリントンなしでは考えられないものです。演奏会では、特別な体験を皆さんにお届けできるでしょう。
ノリントンが首席に就任して以来、ドイツの批評家たちは私たちの音楽を「シュトゥットガルト・サウンド」と名付けています。ノリントンのHIP研究の成果を現代オーケストラに融合させた、世界でも例を見ない音が誕生しました。楽器の配置、ビブラートのない弦、アーティキュレーションとフレージング、生き生きとしたリズムとダイナミクス、これらは全てドイツでも歓迎されており、今回のコンサートでも、今までにないような特別な音楽言語で、みさなんに演奏をお届けしたいと思います。
イギリスの音楽
今回のプログラムの、エルガーについてお話ししたいと思います。英国人であるノリントンは、エルガーとヴォーン=ウィリアムズを特に敬愛していますが、彼らの作品はドイツでもあまり演奏されません(多分、正当に評価されていないと思います)。シュトゥットガルトでは、ノリントンと共に何度もこれらの作品を取り上げているので、よく知られるようになってきました。今回の来日公演では、東京と大阪で演奏します。
エルガーの第1交響曲の演奏はCDにもなっていて、さきごろドイツのレコードアカデミー賞であるエコークラシックの最優秀賞を受賞しました。
これからの予定
今年8月にプロムスでシューベルトの大ハ長調とヴォーン=ウィリアムズの第3交響曲を演奏し、大成功を治めました。これはCDとして発売される予定で、2003年に再びプロムスに招かれることも決まっています。また、ホルストの「惑星」のライブ録音を済ませており、来年CDが発売されます。日本以外では、パリ、ウィーン、ロンドンにも演奏旅行に出かけます。日本の皆さんの反応が楽しみです。
ノリントンの挨拶
続いて、ノリントンが "Very nice to be with you." と語り始めました。以下、ノリントンの挨拶の内容です。
HIPの方法
やっと美しい国に来られて、胸が躍る思いです。長い間、日本に来ること、また日本に素晴らしいオーケストラを連れてくることを心待ちにしていました。
皆さんご存知の通り、私は長年“オリジナル楽器”オーケストラ(LCPやOAE)とともに、作曲当時に演奏された楽器、奏法を使った演奏を行ってきました。この試みによって、すでによく知っていると思っていた音楽から、オーケストラのサイズ、配置、スピード、フレージングやアーティキュレーションなど、新たな発見がたくさんありました。
伝統は素晴らしいものであるけれども、また同時に危険な(dangerous)ものでもあります。音楽は美しくあることもできますが(can be beautiful)、出来上がってしまった、包装紙に包まれたような形では、危険な面白さという面が欠落してしまいます。ときに美しく、癒されることもあるけれども、またあるときには、畏れを感じたり、考えさせられたりもするものなのです。
次のステージ
私の次のステージは、これらをいわゆる“モダン”オーケストラとともに試みていくということです。ウィーンなどのオーケストラに客演しても、なかなかそう実験(experiment)はできず、次に進んでいくことはできません。次のための実験に、シュトゥットガルトとともに取り組んでいきます。
このオーケストラは、新しいアイデアに対してオープンで、青年のような熱意を持って取り組んでくれます。私はシュトゥットガルトがこの試みを喜んでくれていることに満足しており、普通じゃない(unusual=ノリントンのよく使う言葉)方法を受け入れてくれたことに感謝しています。
今回のプログラム
今回のプログラムでは、偉大なヨーロッパ音楽を紹介します。歴史的なアイデア、古楽器での試みを生かした音楽で、エキサイトして欲しいし、新鮮に感じていただければと思います。伝統を踏襲することによって、今までよりも新しいことを獲得できるということを感じ取っていただきたいです。伝統と現在との新しい関係、これは伝統的な文化を持つ日本の方々なら、よく分かっていただけるのではないでしょうか。初めてお目にかかる、新しいお客様のために演奏できるのを心待ちにしています。
質疑応答
いくつかの質疑応答があったので、簡単に紹介します。
Q: 伝統という一方で「慣習」というものがあって、ノリントンさんはその「慣習」とは異なる演奏、例えば「魔笛」序曲の出だしの十六分音符を長くとらずに楽譜通りに演奏するなど、をなさっていますが、この「慣習」はどうお考えになりますか
A: (伝統と慣習を英語で訳し分けるのが難しいため、質問にうまく答えられているか、慎重に確認しながら)伝統=traditionという言葉で表されるものには、二通りあると思います。一つは、最近のレコードなどに巨匠が残した演奏スタイルという「伝統」、もう一つは、もっと以前の、バッハ、モーツァルト、ベートーベンらの作曲家の時代の伝統です。これらは必ずしも同じではありません。難しい質問ですが、私はベートーベンが初演したときにどうであったかということは、探求しようという関心があります。最近の「伝統」には、関心はありません。マーラーが、"Tradition is laziness" といっているように、たぶん数年おきに新しい解釈というものがなければ、退屈なものになってしまうのでしょう。
Q: 今年のプロムスでのSWRとの演奏では、金管楽器に古楽器を使っていたそうですが
A: そうです。モーツァルト、ベートーベン、ハイドン、そしてたまにシューベルトの場合は、トランペット、トロンボーン、ティンパニに古い楽器を用います。これは、実は演奏者からの提案なのです。古い楽器の美しい効果を聴いていただけるでしょう。将来は、ホルンも古楽器を導入してもいいかも知れないと考えています。古楽器とモダン楽器のミクスチュアは、興味深い音を生み出し、オーケストラにとっても面白いステップです。これも実験(experiment)です。
Q: 先ほど、エルガーとヴォーン=ウィリアムズを敬愛しているという紹介がありましたが、ブリテンはいかがですか?
A: もちろんです。SWRとは、英国の音楽を幅広く取り上げてきています。ウォルトンもそうですし、来月にはニコラス・モーのバイオリン協奏曲をドイツ初演します。ニールセン、シベリウスといったスカンジナビアの作品もドイツではあまり取り上げられてこなかったので、積極的に取り組んでいます。
Q: 今回はエルガーのみ英国で他はドイツものというプログラムですが、選曲の理由は?
A: ドイツのオーケストラがドイツの作品を取り上げるのは、やはり適切(suitable)なので、今回は基本的にはドイツプログラムで、エルガーは素敵なおまけ(nice extra)です。多くの来日オーケストラが取り上げる重量級の作品(マーラー、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなど)ではなく、「リリカル」な作品を揃えているところに注目してください。19世紀の主要な作曲家はカバーしていて、足りないのはシューマンぐらいですが、これはアンコールで(ブリテンも)とりあげますから大丈夫です(笑)。
最後に、ノリントンが締めくくりとして次のようなことを述べていました。
私たちは今回、モーツァルトからエルガーまで、とても「普通じゃない」(very unusual way)演奏をしますが、これは作曲家の生きた時代を通して(マーラーの時ですら)ずっと受け継がれていた変わらぬ手法なのです。クリアで、フレージングがはっきりし、ピュアな音色とビブラートのない弦。
最初は、驚くかも知れません。あるいは、驚くどころかショックを受けるかも知れません。でも、恐れることなく、ゆっくりお楽しみください。
Fasten seat belt, and enjoy !