出発点:Departure points

The Times, July 17, 2001, by John Allison

ノリントンが目を大きく見開いて指揮するアップの写真と共にインタビューが掲載された
サー・ロジャー・ノリントン、指揮者の中でももっとも親しみ深い彼が、来週プロムスにやってくる。そんな特別なことではないはずだが、実はそうでもない。ノリントンがロンドンで登場するのは、最近は数少なく、長い間隔をおいてになっているのだ。この英国の指揮者は、以前は頻繁に英国と米国のオーケストラと共演していた;最近ではこれらのオーケストラは、彼が言うところの「付き合っている(keeping in touch)以上のものではなくなってしまったようだ。

実のところ、英国が失った分はドイツが獲得しているのだった。そこでノリントンは、最近多くの時間を費やしているのだ。1998年から彼はシュトゥットガルト放送響の首席指揮者を務めている。来週月曜、アルバート・ホールでこのオーケストラはプロムスにデビューを飾ることになっている。

昨年ノリントンは、母国で4回しかコンサートを指揮しなかった。今年は10回行うが、しかしそれは全部で90回のうちの10回なのだ。シュトゥットガルト以外にも、彼は栄えあるベルリン・フィルとウィーン・フィル、ライプチヒ・ゲバントハウス、それに彼の古い友人であるザルツブルクのカメラータ・アカデミカに定期的に出演している。ではなぜ、ノリントンはイギリスから離れてしまったのか?

「英国の人々とおさらばしたいなんて思ってはいませんよ」と彼は言う。「しかし、ドイツとオーストリアの人々とはより価値あることができるんです。彼らは必要なだけ何度もリハーサルをしてくれ、そしてプログラムを、本当にその内部に到達したと感じることができるぐらい、何回も繰り返し演奏します。平均して、ロンドンでは半分のリハーサルしかできないでしょう。ええ、ロンドンのオーケストラは飲み込みが速いです。しかしおそらく、彼らは同じだけのものを学び取ることはないでしょうし、練習をしても通常コンサートは1回きりで、それでみんなおしまいなのです。」

ノリントンの純英国のバックグラウンドと、チュートン(ゲルマン)系に焦点が当たっている彼の新たなキャリアの間には葛藤はないのか? 「これは本能的な選択です。母国を離れ、今度はアメリカではなくドイツにいるということは、私にはセレンゲティを思い出させます。動物たちは長い旅を経て、10年後に同じところに戻ってきます。私が最後にどこにいるかなんて、誰に分かるでしょうか?」

「けれども、今は私はドイツで必要とされているように思われます。彼らはちょうど私が持っている類のアイデア、私がオーケストラに与えてきた、制度的でないものに対して、オープンなのです。」

「ドイツとオーストリアのオーケストラは、急速に変化しています」と彼は言う。「私はかつて、ウィーン・フィルは私のようなやり方を絶対受け入れないだろうと言わていたんですよ。私は喜んで挑戦しました。小さな赤ランプがどこかに灯っているのを見つけ、“よし、こいつをかき回してやれ”と思ったんです。今では、彼らは私のやり方で演奏してくれます――2年前には、バッハのロ短調ミサを、ビブラートのかけらもなく演奏したんですよ」

ノリントンは方向を変えたも知れないが、手法は変えなかった。彼はいつも、伝統の型にはまった演奏家や聴衆に音楽の手榴弾を投げつけ、おいしい味わいを提供してきた。ピリオド楽器演奏の最先端にいたときは、彼はそれ自身を目的とするのではなく、ある目的のための手段として用いようとしていた。

「今面白いのは、モダン楽器によるハイドンやモーツァルトです。これらの音楽が古い楽器でどう響くのかはわかりました。古い楽器は、これらを待ってましたとばかりにやってのけます。しかし、モダン楽器でもできるのか? これは、今現在のオーケストラの戦場なのです。」

ノリントンは、ほとんどのモダンオーケストラで、慣習的な演奏法であるビブラート――弦楽器奏者が手首をふるわせて音を豊かにする方法――をできるだけ使わないように求める。しかしシュトゥットガルトでは、1920年以前の音楽に関してはこれは禁止だ。「ここは私のオーケストラで、私がその形を作っていくことができます。これはワーグナー、ブルックナー、エルガー、ブラームスを演奏するときの約束なのです。」

「私たちは、オーケストラがいかにしてそのスキンを取り替えることができるかという、長い実験の入り口に立っています。1年か2年経ったら、少しだけビブラートをかけることを認めるかも知れません――ほんの少しだけで、よくある音程が変わってしまうようなやつではありませんよ。ビブラートは、音楽に施される化粧のようなものです。私は音楽が情熱的であって欲しいと思っており、情熱があるところでは、化粧はなくなってしまうのです。」

真剣にこの方法に取り組んでいる世界で唯一のメジャーオーケストラとして、シュトゥットガルトは新しい道を切り開く立場だ。しかし、彼らはその結果として喜ぶべき評価を得ており、彼らが最近ノリントンと録音したエルガーの第1交響曲――もちろん、ビブラート無し――は、ドイツで賞を受賞した。

この団体の歴史はまだ半世紀に過ぎないが(戦後の復興策としてドイツで設立された重要な放送交響楽団の一つ)、暖かくこなれた音を持っており、ノリントンの実験の優れた基盤を形作っている。「それにこのオーケストラはフレンドリーで、とてもいい感覚を持っています」と指揮者は付け加えた。

シュトゥットガルト響のプロムスでのプログラムは、ノリントンのハートに近いところにあるオーストリア=ドイツ作品の中核を据えている:ウェーバーの「オベロン」序曲とシューベルトの第9交響曲だ。しかしそこには、ノリントンが活動を始めるまではドイツでほとんど演奏されなかった英国作曲家ヴォーン=ウィリアムズの第3交響曲も含まれている。この指揮者は、最近ベルリン・フィルでヴォーン=ウィリアムズの第2交響曲を(ビブラートなしで)取り上げているし、第5、第6交響曲もシュトゥットガルトで演奏している。

「彼の交響曲全曲を取り上げる計画をしています。演奏して素晴らしい作品で、音楽家の反応もよいし、聴衆も気に入ってくれています。あるシュトゥットガルトの批評家は、ヴォーン=ウィリアムズの第5交響曲について、この素晴らしい芸術作品がドイツにおいて全く知られていなかったというのは理解しがたいことだ、と書いています。これには“英国音楽”なんてラベルは必要ありません。これは純粋に音楽なんです。それがいいんですよ。」