W3C勧告プロセスの概要
W3Cは「ウェブの可能性を最大限に引き出す」ために、技術的、社会的な側面から検討を行ない、その結果を標準情報(Technical Report: TR)として公開します。TRには、段階的な審議を経て勧告に至るものと、ノートとして参考に公開されるものがあります。
この説明は主として2005年版のProcess Documentに基いています。2014年8月, 2015年9月, 2017年3月に改訂版が公開されており、一部はその内容を補足していますが、まだ不完全な部分があります。
W3C勧告までの過程
W3Cの標準情報(TR)のうち、W3C全体の合意に基づく規格として公開されるものは、ワーキンググループ(作業部会)によって起草される草案から始まり、段階的な審議を経て勧告に至るステップ(Recommendation Track)を踏みます。
草案(Working Draft)
このステップに従う標準情報は、まず草案(Working Draft: WD)としてスタートします。草案は、そのテーマを扱うことを憲章(Charter)で定めたワーキンググループ(WG)が起草し、ディレクタの承認を受けて公開されます。標準情報は、WGの議長が指名したエディタ(1名もしくは複数)によって作成されます。
ドラフトは、3月以内に更新していくというルールが定められています(同じWG内で複数のドラフトが並行する時は、少なくともひとつを3カ月以内に更新)。
草案を含め、標準情報文書が次の段階に進むには、一般に次の条件を満たす必要があるとされています。
- 次の段階に進む要求提出の、WGとしての意思決定を記録する
- 前段階からの文書の変更点を分かりやすく明記する
- さらに要件、依存関係に変更があればそれも示す
- 広く意見を募った証を示す
- 前のステップ以降に寄せられた全ての案件への対応を公式に示す
- 公式な反対意見があれば示す
最終草案(Last Call Working Draft)
(2014年8月版でLCは次のCRに統合されました)
草案がWGの規定および関連要求仕様を満たし、ほかのWGの仕様との主要な依存関係をクリアし、草案のレビューで報告された疑問点への対応を明確にすると、この文書は最終草案(Last Call Working Draft: LC)とアナウンスされます。最終草案では、3週間以上の期間を設けて、他のWGやW3Cメンバーからのレビューを受けます。
最終草案の次のステップは通常CRですが、ディレクタの承認により、直接PRに進むこともあります(例:XHTML Basic/ XHTML 1.1)。いずれの段階にも進まない場合は、草案に差し戻されます。
勧告候補(Candidate Recommendation)
最終草案が要件を満たすと、ディレクタは諮問委員会(Advisory Committee)に実装を試みる依頼(Call for Implementations)をアナウンスし、文書は勧告候補(Candidate Recommendation: CR)に進みます。
この期間に実装できないと仕様から削除する可能性がある箇所は、features at riskと指定されます。
実装試行期間が終了すると、features at riskのうち問題が確認された箇所は仕様から削除されます。これ以外に大きな変更が行なわれる場合、あるいはディレクタが重要な問題があると認めた場合は、文書はWDに差し戻されます。順調であれば、CRはPRへと進みます。
2014年8月版ではこの段階で諮問委員会による評価( Review)が開始されます。
勧告案(Proposed Recommendation)
CR(場合によってはLC)が次の条件を満たすと、ディレクタは諮問委員会に評価依頼(Call for Review)をアナウンス(2014年8月版ではCR段階で)し、文書は勧告案(Proposed Recommendation: PR)に進みます。
- 次段階移行の一般要件を満たしている
- 仕様の各機能について実装が(望ましくは2つ以上)存在する、もしくはディレクタが実装不十分でもPRに進めるべきと判断する(2014年8月版では事前にディレクタの承認を受けた「十分な実装経験」基準を満たす)
- CR以前の段階で示された他の条件を満たしている
ディレクタは勧告案を諮問委員会にはかってレビューを求めます(2014年8月版ではCR段階から)。レビュー期間は最低4週間おかれます。順調に進めば晴れて勧告となりますが、実装に関する問題があればCRに、場合によってはWDに差し戻されることもあります。
W3C勧告(Recommendation)
仕様が諮問委員会、W3Cチーム、ワーキンググループおよびW3C外部を含めて十分な支持を得られたとディレクタが判断すると、標準情報はW3C勧告(Recommendation: REC)となります。W3C勧告は内容の確定した文書であり、他の技術文書から正式な引用規格として参照することができます。
勧告の修正・変更・廃止
誤りはErrataとして公開されますが、内容が準拠基準(conformance)に影響するような変更については、別途手続きを踏んで修正を行ないます。
- 全く新しい機能を加える場合は、草案から始まるプロセスをもう一度経て文書を作成します
- 新しい機能はないものの、準拠基準に影響する場合は、
勧告改訂案(Proposed Edited Recommendation)として勧告候補案と同様のレビューを受けるか、修正案(Proposed Correction)のレビューを受けて、新しい勧告を出版します - 編集上の修正の場合は、ディレクタの承認により改訂勧告を出版できます
勧告の維持が不適当(たとえば特許問題など)と判断された場合は、勧告の解除廃止提案(Proposal to Rescind a Recommendation)を行ないます。この提案が認められると、文書はW3C勧告ではなくなります。
2017年の改定で、勧告の内容が時代に合わなくなったと判断された場合は、同様の手続きで勧告を時代不適合(Obsolete)とすることができるようになりました。これは、その後実装が増えたなどの理由があれば、解除して通常勧告に戻すこともできます。
2018年の改定で、Obsoleteとは別にSuperseded(旧式扱い)が導入されました。Obsoleteは(特に非英語ネイティブに)否定的ニュアンスで受け取られる傾向が強いので、勧告を否定するわけではなく、より新しいものがあることを示す状態を加えたものです。W3C Process Community GroupのIssue 36での議論を参照してください。(2019-04-11追記)
W3C Notes / Working Group Notes
W3Cノートは、「日付を明記して公開されたアイデアの記録、コメント、もしくは文書」とされていました。ノートはディレクタの決定によって公開されますが、筆者はW3Cメンバー以外であっても構いません。
ノートとして公開されてきたものは、例えば次のようなものがあります:
- W3C外部で開発された内容をW3Cとして公開するため、所定の手続きを踏んだもの
- WGもしくはW3Cチームによる参考情報、資料
- 勧告へのステップの途中で、組織の変更などにより別の文書に吸収されたり作業がうち切られた標準情報のドラフト
2003年6月の改訂で、W3C Noteという位置づけは廃止され、作業がうち切られた文書はWorking Group Notesとされることとなりました。憲章を持たないInterest GroupなどはInterest Group Noteというものを出すことができますが、勧告を作ることはできません。
To avoid confusion in the developer community and the media about which documents represent the output of chartered groups and which documents are input to W3C Activities (Member Submissions and Team Submissions), W3C plans to stop using the unqualified maturity level "Note."
レファレンス
ここに紹介した標準情報の審議ステップなどは、主としてWorld Wide Web Consortium Process Documentの2001-07-19版の第5章抜粋・要約していたものに、2003-06-18版の第7章での変更を加え、さらに2005-10-14版に対応したものです。2014年8月、2015年9月、2017年3月各版の変更点も参照してください。最新の手続きはhttp://www.w3.org/Consortium/Process/で確認してください。またW3Cが発行する標準情報は、http://www.w3.org/TR/で公開されています。
なお、Technical Reportの「標準情報」という訳語は、JISの用語に準拠して用いています。