PDFを使った新しい情報の提供と共有
WWWでの情報発信が進むと、どうしてももっと多彩な表現力が欲しくなります。このためHTMLではスタイルシートが導入されましたが、DTPに馴染んだデザイナーにとっては満足のいくものではありません。かといって、ページを丸ごと画像にしたのでは、データ量が大きすぎる上に、情報の再利用も不可能になってしまいます。こうした限界を乗り越える手段として期待されているのがPDFです。海外ではすでにオンライン出版の標準となっていますが、日本語対応版の登場によって私たちの周りでも本格普及の気配が見えてきました。
出版の世界を大きく変えるPDF
ネットワークが普及し、WWWによる電子文書の威力が広く認識されても、まだまだ印刷物は重要です。97年7/1号では、ワープロ文書をそのままHTML化することで、この両立を図る方法を検討しました。これは、主として文書のテキスト情報に着目し、WWWで共有しようという方法です。
これに対し、文書の図版やレイアウトまで含めてそのまま共通フォーマットに変換して配布する方法が注目されています。Adobe Systems社のAcrobatによるPDF(Portable Document Format)です。これは、DTPソフトやワープロでつくった文書を、作成元のソフトがなくても、オリジナルに近いクオリティで表示・印刷できるようにする技術です。アメリカでは数年前から企業のアニュアルレポートの配布などに広く利用されてきました。97年の5月に日本語に対応したAcrobat 3.0Jが発売され、日本でも印刷物の配布方法に大きな変革をもたらすものとして、次々にPDFによる文書提供が始まっています。
PDFの仕組み
PDFは、文書のテキストはもちろん、フォントや字詰め、グラフィックやレイアウトといった、ページを構成する要素をまるごと盛り込んだフォーマットです。無料で配布されるAcrobat Readerで閲覧することで、どんな環境でも、オリジナルと同等のページを再現することができます。
Acrobat Readerは、OSによるフォントの違いを吸収してくれるため、Macintoshで作成したファイルをWindowsで開いてもレイアウトが崩れません。また、PDFはテキストのカット&ペーストや検索もできるため、配布した文書の再利用が可能です。しかも、変換後のサイズは、元のファイルに比べて数十分の一という高圧縮率。様々な文書を広範囲に配布したり共有したりするための条件を備えているのです。
プラグインを用意すると、PDFはNetscape Navigatorなどのブラウザでも表示できます。さらに、バイト・サービングという技術により、大きなファイルを全てダウンロードすることなく任意のページを直接読み出す機能を持つなど、WWW上での情報提供手段としても注目すべき存在です。
広範囲なPDFの利用
例えばカタログやパンフレットをPDFにしてWWWに掲載しておけば、それだけで詳細な商品情報を世界中に提供することができます。これらを印刷・発送するために、従来は莫大なコストをかけていたわけですが、PDFならこの費用が不要になるのです。実際、多くの企業がカタログやアニュアルレポートにPDFを採用し始めました。また、PDFによる「オンライン出版」の試みも各地で行われています。
もちろん、PDFは本格的な印刷物をオンラインで配布するためだけのものではありません。社内でも技術文書や企画書など、プレゼンテーションそのものが重要な意味を持つ文書は少なくないはずです。これらをPDFに変換してサーバーに置いておけば、ほぼ完全な形の情報共有が実現します。
簡単なPDFの作成
いかにメリットがあっても、作成が困難なフォーマットは共有手段としては適しません。PDFは、私たちがふだん作成するような書類もごく簡単に変換できるという点でも優れています。
ワープロなどの書類をPDFに変換するためには、Acrobat PDFWriterを使います。これはAcrobatによってプリンタドライバの一つとして追加されるものです(図1)。
作成方法は説明の必要がないほど簡単。セレクタで通常のプリンタの代わりにPDFWriterを選んでください。あとは普通に印刷を行うと、図2のように印刷ダイアログがPDFWriterのものと置き換わります。ファイル情報を入力し(図3)、次のダイアログでファイルを保存すると、これでワープロ文書を元にしたPDFの出来上がりです。
DTP書類のPDF化
PDFWriterは普通の文書から手軽にPDFを作成するツールです。これに対し、DTPソフトなどで作成した本格的な印刷用データは、Acrobat Distillerを使うことによって、よりクオリティの高いPDFファイルに変換できます。
DistillerでPDFを作成するためには、いったんPostScriptファイルを生成し、それをDistillerでPDFに変換するという手順を踏みます。まずセレクタでPSPrinterを選択し(図4)、次にアプリケーションの「用紙設定」でプリンタの種類を「Acrobat Distiller 3.0J」に設定して(図5)印刷を実行します。印刷ダイアログで出力先を「ファイル」に指定して「保存」をクリック(図6)。ファイルを保存する際に、ラジオボタンで「バイナリ」「レベル2」を選択しておいてください。
PostScriptファイルができたら、後はこれをAdobe Distillerにドラッグするだけ。図7のような進行を表すダイアログが表示され、PDFファイルが作成されます。
メモリに十分余裕があれば、Distiller Assistantをつかって一度にPDFを作成する方法もあります。この時はPSPrinterの印刷ダイアログで出力先を「PDF」として「PDF作成」ボタンをクリックしてください。
PDFファイルの編集
PDF書類をダブルクリックすると、Acrobat Exchangeが起動します。このアプリケーションを使って、PDF書類にリンクを埋め込んだり、目次の生成やノートの追加などの編集が可能です。
リンクの埋め込みも、PDFファイルの作成に劣らず簡単。まずリンクツールを選び(図8)、リンクを設定するテキストや画像の周りをドラッグします。「リンク作成」ダイアログの「タイプ」から「表示」を選び、ステータスバーを使ってリンク先のページ番号を入力します(図9)。これで「リンク設定」ボタンを押せばハイパーリンクの出来上がりです。アクションとして「WWWリンク」を指定すれば、インターネットやイントラネット上のリソースとのリンクも可能。まさにPDF自体がネットワークの一部に組み込まれるわけです。
一つの文書に様々な内容が盛り込まれているなら、「しおり」機能でガイドを用意しましょう。まず「しおりとページ」ボタンをクリックして画面左にしおりを表示させます。次に、「テキスト」ツールを選び、しおりを設定するテキストを選択してメニューから「書類・新規しおり」を選んでください。リストに選んだテキストが加わります(図10)。
文書の要所にこのような「しおり」を設けておけば、リストをクリックするだけで、どこからでも必要な個所にジャンプできます。リンクと合わせて使うと、強力なハイパーテキストが作成できますね。さらにPDFにはQuickTimeムービーやサウンドも埋め込めますから、マルチメディア・プレゼンテーションだって可能です。
こうして作成したPDFは、Windows上でも全く同じように再現されます(図12)。印刷してみても、まずまずの結果でした。
PDFの可能性
表現力はDTP並で、利用環境に依存せず、しかもファイルサイズが小さいと、PDFは良いことずくめ。しかし、データの多目的な利用や柔軟さという点では、今のところテキストをベースにしたHTMLに軍配が上がります。PDFは独自フォーマットを用いているため、AppleScriptなどによる自動処理や再加工は難しいからです。また、サーバー上での検索や入力フォーム作成、OCR連動などのツールも、日本語に関しては今後の開発を待たねばなりません(それから、私のようにパワーのないマシンでは、画面上でPDFを読むのはやや忍耐が必要です)。これらの長所と弱点を踏まえた上で、HTMLとPDFをうまく組み合わせると、非常に強力な情報提供が可能になるでしょう。
PDFはさまざまな可能性を持った出版の革命児です。そして、Acrobatはプラグインによる拡張ができるので、サードパーティから新しい機能を備えた製品が次々に発表されています。これらのツールが充実すれば、今の時点ではPDFの弱点と考えられる部分も克服されるかもしれません。
大量の書類をPDF化したり、PDFによる情報システム構築を請け負うビジネスも登場してきました。オフィス文書のPDF化を、そろそろ検討してもよいかもしれませんね。
(MacFan 1997-11-01号)