情報を自動配信する「プッシュ技術」
「プッシュ技術」が話題を集めています。希望する情報を登録しておけば、必要なものだけが自動的に送り届けられるので、情報洪水、玉石混交といわれるインターネットの効率的な利用手段として期待されているのです。イントラネットに応用すれば、更に大きな威力を発揮するでしょう。しかし、自動的に送られてくるニュースを読むというのは、主体性を発揮できるはずのインターネットを受け身のものに変えてしまわないでしょうか? 発展途上でまだ実体が見えにくい新技術について、概要を眺めてみることにします。
PushとPull
インターネットやイントラネットでWWWによる情報提供がますます盛んになっています。これは従来の方法に比べて手軽でコストが低い反面、ユーザーがWWWサーバーにアクセスしてくれない限り、情報を送り届ける術がないという弱点がありました。
これを解決する手段として脚光を浴びているのが、いわゆる「プッシュ」技術です。通常のWWW閲覧は利用者が自ら情報を引き出しにいく(プル)のに対し、サーバー側から情報を「押し出していく」ように見えるところからこう呼ばれます。96年2月にPointCastがニュースなどの配信を開始して注目を集めました。最近ではInternet Explorer 4.0 (IE 4.0)やNetscape Communicator / Navigator 4.0 (NS 4.0)、さらにMacOS 8もこの仕組みを標準で備えるなど、今、最もホットな技術になっています。
さまざまなPush技術
利用者が行動を起こさなくても情報が自動的に表示される手法を「プッシュ型技術」と総称しています。といっても、標準的な技術が存在するわけではなく、実現方法はさまざま。各社が独自のソフトを開発し、優劣を競っている段階です。
「プッシュ技術」は情報の受け取り方によって大きく2つの方法に分かれます。ひとつは、(プッシュという名前とは裏腹に)定期的にクライアント(利用者側のソフト)がサーバーの情報をチェックしに行き、新しいデータがあれば自動的にダウンロードしてくる「クライアント主導型」。もうひとつは、サーバー側から必要に応じてクライアントにデータを送り届ける「サーバー主導型」。それぞれに長所と短所がありますが、現在の製品の大半は「クライアント主導型」です。
クライアント主導の「プッシュ」
この方法は、クライアント側で希望の情報を登録しておき、それに基づいて定期的にサーバーをチェックするというものです(図1)。設定が簡単で、広範囲に大規模な情報発信をするのに適しています。また、どんな利用者が何を求めているかといったプロフィール情報を容易に把握でき、マーケティングに生かせるというメリットもあります。
一方で、情報更新の有無にかかわらず定期的にサーバーをチェックしに行くため、ネットワークの混雑を引き起こす可能性が指摘されています。特に、中央サーバーにコンテンツを集約する場合、トラフィックの集中は避けられません。また、情報に広告を付加することが多いため、別の意味での情報洪水も懸念されています。
クライアント主導の代表PointCast
中央のサーバーに情報を集め、クライアントが定期的に情報を受け取りに行くというスタイルの代表がPointCast Networkです。
PointCastでは「チャンネル」単位で情報が提供され、利用者はそのうち必要なものを登録します(図2)。さらに各チャンネルには複数の情報項目が用意されているので、欲しいものだけを選択(Personalize)できます(図3)。
登録した情報は図4のような専用のソフトで閲覧します。画面左上に表示されているタグが登録チャンネル。右の情報パネルには、上部に選択したアイテムごとのニュース項目があり、下部にその内容が表示されます。ニュース画面は基本的にHTMLのページで、リンクにより関連するWebページへのジャンプも可能です。
PointCastはプッシュ型ソフトの原点とも言うべきもので、他のソフトの基本的な操作方法もこれと似ています。
プッシュ型ソフトの情報提供
クライアントは、マシンの空き時間を使って自動的にサーバーをチェックします。その頻度は必要に応じて変更可能です(図5)。
ほとんどのプッシュ型ソフトは、スクリーンセイバーとしても働き、情報を休みなく表示します。また、小さなウインドウ(ティッカー)に常時タイトルを流し、クリックすると大きなウインドウを開いて本文を表示するソフトもあります(図6)。これらを組み合わせ、いかに軽い負荷で最新情報を得られるようにするかが、プッシュ型ソフトの腕の見せ所というわけです。
プッシュできるのは、HTML型の情報だけではありません。CastanetのようにJavaアプレットなど様々なデータを配信する仕組みもあり、単なる情報送信を越えた応用が期待されています。さらに今後IE 4.0やNS 4.0がプッシュ受信機能を備えることで、次々に新しいサービスが誕生するでしょう(図7-8)。
イントラネットとプッシュ
イントラネットを構築していく上での悩みの一つは、WWWでは確実な情報伝達ができないという点です。そのため大部分の企業で、重要なメッセージの送信には電子メールの同報を使っています。
プッシュ技術は、この制約に対する一つの解決法となり得るものです。最新のプッシュ型ソフトは、インターネット上の関連情報と社内のデータベースを組み合わせて社内向け「チャンネル」を用意するサーバー機能を備えています。社員はそれぞれの必要に応じて、自分のコンピュータからこれを購読するわけです(図9)。
これによって、多様なタイプの情報をユーザーに間違いなく届けることが可能になります。さらに、社内サーバーがまとめて情報を用意することで、インターネットへのばらばらなアクセスによる混雑が解消するという利点もあります。
INCISAのような「サーバー主導型」プッシュのソフトは、さらに進んでリアルタイムの情報提供を実現します(図10)。「クライアント主導型」では、伝達がクライアントのチェックに依存するため、情報提供のタイムラグは避けられません。サーバー主導型のアプリケーションは、常時クライアントとの接続を維持して状況を把握しており、必要に応じてクライアントを呼び出すことができます。このため、クライアントの訪問を待たずに、即時に最新のメッセージを伝達できるのです。
イントラネットを対象にしたプッシュ型ソフトには、情報をカスタマイズしたりデータベースと連動させるためのツールが用意されています。これらを活用するには、ネットワークやプログラミングの知識が不可欠ですし、マッキントッシュ上で動くサーバー製品は今のところありません。しかしこのシステムは、イントラネット上のコミュニケーションの方法を根本的に変えてしまう可能性を秘めています。今後の展開には注目しておくべきでしょう。
情報を自分で選ぶということ
こうしてみてくると、プッシュ型の情報は、専用線接続やイントラネットの環境においてこそ威力を発揮することが分かります。ダイヤルアップでもプッシュ情報を購読することは可能ですが、更新情報を受け取ることができるのは、当然ながら接続したときだけ。それも、ソフトを起動したとたん何分もアップデート状態が続くようでは、思わずストップボタンを押したくなってしまいます。
また、情報ソースが「チャンネル」に限られるのも気になる点です。イントラネットで社員に必須情報を“プッシュ”するような場合は、この技術は確かに有効です。しかし個人がインターネットに接続しているのに、わざわざ情報源を大手マスコミ中心の「チャンネル」に限定してしまうのはどうでしょうか。
それならば、自分で探した情報源を自動巡回ソフトでチェックさせる方が、より主体的な情報収集ができて、インターネットの可能性を生かせるように思います。Web巡回ソフトは多機能なものが発売されていますし、IE 4.0やNS 4.0にはWebの巡回機能が標準で組み込まれました(図11-12)。これだって情報を自動的に集めてきてくれる、立派な「プッシュ」システムです。
今後プッシュ技術はどんどん発達するでしょうから、効果的な情報収集手段としてこれを利用しない手はありません。けれども情報は「与えられる」のではなく、「自ら選ぶ」ものであるべきです。受け身一方のマスメディアとは異なるインターネットの場合、この主体的な考え方は、ぜひ忘れないで欲しいと思います。
(MacFan 1997-10-01号)
※個人的にはNS 4やIE 4のような肥大化したブラウザは好きではありませんので、この記事においても、これらを推薦する意図はありません。また、IE 4は多くの問題点が指摘されています。中村正三郎氏のページのMS Watchなどを参考にしてください。
※その後のプッシュの行方といえば.....98年初めの様子について、2/9のZDNetの記事「“プッシュ”はどこへ行った?」や2/20「“プッシュ”は生きている!」を参照