For Bohemian spirit read Period music

(96年5月18日フィナンシャル・タイムズ芸術面より)

アンドリュー・クラークがロジャー・ノリントンのプラハにおける「我が祖国」の勇気ある演奏について語る

ジャー・ノリントンがまたやってくれた。彼は偉大な交響作品から積み重なった上塗りを取り除き、その中にある作品の本質を明らかにし、真似ることのできない彼自身のスタイルで解釈してみせてきた。しかし、今回は彼は中立の立場で仕事をしたわけではない。彼はロンドン・クラシカル・プレイヤーズをプラハに連れて行き、チェコの人々に「我が祖国」の歴史的検証に基づいた演奏を初めて披露してみせたのだ。あのスメタナの愛国的な主題による連作交響詩を。

チェコ人に「我が祖国」の演奏について語るというのは、イタリア人にピザの作り方を教えてやろうというようなものだ。かれらはその音楽の所有者ではないかもしれないが、スメタナのことはよく知っている。それに、「我が祖国」は、神話、モルダウ、母なる大地という詩的な喚起をもった、チェコの重要な国家の象徴の一つなのだ。これまで2回の例外を除いて、プラハの春音楽祭は1946年以来ずっとチェコの指揮者あるいはオーケストラによって開幕して来た。だから、音楽祭の招待によるノリントンのこの仕事は、大胆なことだったのだ。

先週の日曜日のコンサート前には、最新流行の「外国」版が神聖なチェコ・フィルの演奏とどう違うかという強い関心で盛り上がっていた。オリジナル楽器による演奏はプラハにおいてはまだ始まったばかりであり、バロックから初期ロマン派までのものと考えられている。結果として、ノリントンのアイデアは、意義ある選択肢の一つとして受け入れられた。初日ガラの聴衆は、ハベル大統領と音楽関係者を含め、暖かい拍手を贈ったのだ。

マスコミのコメントは驚くほど公平だった。Rude Pravoはこの演奏を「疑問符をつきつける冒険(an adventure with question marks)」と総括し、何人かの批評家は、ノリントンは音楽が化石にならないためにはどうするべきかを示したと評した。

そのとおりだろう。何年もの間、チェコの「我が祖国」の演奏は予測可能な儀式になっていた。スピリットがないという事はないが、しかし確立された解釈のパラメータから大きく離れる事は決してない。チェコの「我が祖国」の伝統とは、チェコ・フィルの伝統のことだ。スメタナの時代よりもはるかに大きな、倍管になった管楽器と大編成の弦。地元紙とのインタビューでノリントンは、最新のチェコ版のスコアは、スメタナのスタイルに純粋な者には使えないとかみついた。

らに驚くべきことには、彼は「我が祖国」はウィーンやドイツからインスピレーションを受けたスラブ系の作品のパターンに一致すると主張する。チェコのナショナリズムがスメタナの指標であり、チェコの民族音楽がその源泉の一つである事を考えると、いささか奇異な意見だ。おそらく、このあたりが、ノリントンの演奏にはボヘミアン・スピリットが欠如していることの要因だろう。それはいわば、試験管の「我が祖国」、遺伝子的には純粋だが、それを肥沃にする空気や土壌や人間といったものが不足している。LCPは演奏の経験がないまま、その曲を披露した。もしノリントンがもう一度戻ってチェコフィルと演奏したなら、それは真に眼を見開かせるものとなるだろう。

しかし、19世紀後期プラハのRudolfinumの、残響豊かな箱の中できくオリジナル楽器の「音」は、十分革新的であった。チェコ・フィルの骨太の演奏は、この宝石のような音楽堂には過剰なのが常であった。ようやく、ここにおいて適正なサイズの、バランスに特別の配慮をもったオーケストラ(72人の奏者)が登場したのだ。2台のハープを両サイドに配した「高い城」の冒頭はステレオ効果を持って開始された。ビブラートのない弦と木のフルートのブレンドは、モルダウをよい意味でメンデルスゾーン風にしていたし、最後の2つの楽章は通常よりずっと金管が押さえられていた。音楽の内声部が突如として浮かび上がり、色彩はずっと透明になった。

解釈の面でいえば、ノリントンはワーグナーやブルックナーでの試みほど新たなものを提出したわけではない。いくつかの速い部分を除いては、ポルカというよりはジーグだが、彼のテンポ設定は標準的なチェコのものとそれほど違わなかった。より厳しく言えば、最初の3つの楽章は、前半は上品すぎて威厳とか颯爽とした感覚に乏しく、経過部もぎこちない。後半になってようやく音楽が目を覚ますという感じだ。

おそらく、6月25日のロンドン音楽祭のころまでには、音楽はもっと固まってくるのだろう。「我が祖国」のような作品は、演奏が熟すまでにはそれと共に時を過ごすという時間が必要なのだ。ノリントンのパイオニア的努力が、レコード業界の要求のために、その点を加味しないとすれば、不幸なことである。

(Andrew Clark, Financial Times, May 18, 1996)

§ノリントンのページへ | Norrington in Prague