今度お手伝いする演奏会のために渡された「未完成」のパート譜はブライトコプフ版。シューマンの楽譜はわざわざドラハイム校訂版を取り寄せたと聞いていたので、シューベルトはてっきりベーレンライターの新全集版だと思っていたところが、肩すかし。しかし、いや待て、よく見ると(c)は1990年になっている。そうか、ギュルケ校訂版を使うというわけか。確かに、数年前の演奏会でお世話になった旧ブライトコプフとは、譜面が相当違う。

ベーレンライターが華々しく原典版を売り出しているのに対して、ブライトコプフというと旧全集版で古いという印象を抱きがちだが、実はこの出版社も新しい校訂版にはかなり力を入れてきている。ベートーベンの交響曲はクライブ・ブラウン校訂による第1番が出てあとは第九を残すのみとなった(2005年12月に第九も登場)。シューマンの交響曲は第4番の1841年版まで揃えて2003年のドイツ音楽出版賞(Der Deutsche Musikeditionspreis)を受けているし、ブラームスの交響曲もこれに続くシリーズとしてボックスセットになっている(しかしこれはハンス・ガル(Hans Gál)の校訂となっているので、1920年代のブラームス全集のリプリントかもしれない)

他にも、シューベルトについては「未完成」に加えて同じくペーター・ギュルケ校訂の交響曲5番、ペーター・ハウシルト校訂の「グレート」が出ている。ドボルザークでは、リーデル校訂の新世界およびクラウス・デーゲ(?Klaus Döge)校訂のチェロ協奏曲とスラブ舞曲が新しい。さらにモーツァルトも、2002年にクリフ・アイゼン(Cliff Eisen)によるプラハ(交響曲38番 K.504)とK.112(交響曲13番)を出版し、新しいシリーズを出していく構えのようだ。

2000年頃からは、21世紀バッハ・エディションという新校訂シリーズとか、コープマンの校訂によるヘンデルのオルガン協奏曲がスタートしている。最近、シベリウスの新しい作品全集が交響曲第2番を皮切りに始まったらしい。

これらの新しい校訂版を、ブライトコプフは"Source Criticism for Performance Practice - More Than Urtext"と称している。資料批判に基づいた原典版には違いないが、批判版の that is also designed for practical use and provides important information about performance issues という側面をもっと主張しようというものだそうだ。宣伝をするわけではないが、実際、ベーレンライターがかなり原典(自筆譜など)志向で校訂報告と付き合わせないとかえって意図が分かりにくいケースが多いのに対し、ブライトコプフ版はあるていどそのまま演奏に使っても大丈夫なようになっているように思われる。

かつてのような作曲家ごとの作品全集といった大プロジェクトこそベーレンライター社などに譲っているものの、ブライトコプフの新校訂シリーズは、ポイントを絞り込んで、なかなか面白いアプローチを見せている。主要な曲については複数の批判校訂版を見比べて考えることができるわけで、ありがたくも興味深い。

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