チャールズ・マッケラスが1990年代に録音したベートーベンの交響曲全集が廉価盤として再発売された模様。ロイヤル・リバプールというモダンオケながら、Vn対向配置を採用し、91年の段階でデル・マー校訂の楽譜(後のベーレンライター版=ジンマンよりずっと前にモダンオケで採用していたわけだ)を用いてベートーベンのメトロノームに忠実な演奏を行っており、かなり評価の高かったものだ。
マッケラスは、綿密な時代考証に基づいた演奏をすることで知られている。確かにテンポだとかアーティキュレーションはよく考えられており、ピリオド楽器のHIP演奏に近い。が、一方、音色というかソノリティは、むしろ一般的なモダン楽器の演奏と同様の感じを受ける。弦楽器はビブラートをしっかりかけているし、金管やティンパニも衝撃的というよりは合奏の骨格づくりで、むしろ上品。このあたり個人的には物足りなさを感じるところだが、古楽器的な刺激に抵抗を覚えるリスナーにとっては、まともな研究をまともに取り上げた演奏へのちょうどいい第一歩と言えるかも知れない。
春に5000円を切る廉価盤で発売されて話題になったプラハ室内管とのモーツァルト交響曲全集も、雰囲気としては同様のことが当てはまる。テンポは全体に快速で、もちろんVnは対向配置、チェンバロまで導入したHIP型の演奏であることは確か。管楽器も一部古楽器を採用しているらしい。しかしその割には、聞こえてくるバランスは弦が主食で管がおかずというモダン型で、ビブラートもしっかり。録音が風呂場のような残響たっぷりであることも含め、あまり切れ味のよい印象は受けないのだ。
結果として、マッケラス盤はいまいち曖昧なポジションになっているような気がする。HIP解釈を普通のオケで普通に演奏したらこうなるというお手本ではあるのだが(逆に、普通のロマンティックな解釈を古楽器でやっただけという演奏で人気の指揮者もいたりする)。だから、HIPに馴染みのない人にはとっつきやすいだろうし、精密な解釈自体は悪くはないのだが、それ以上に突き抜けていかず、どうにも世評ほどには推奨し難いと思うのであった。