マーラーが自分の交響曲を演奏したピアノ・ロールについてはノリントンが何度か言及していたので、きっとどこかでCDになっているだろうと思っていたら、あったあった。「コンドン・コレクション」という、オーストラリアの音楽学者デニス・コンドンが集めたライブラリーによるシリーズの中に、交響曲4番の第4楽章、交響曲第5番の第1楽章、それに「若き日の歌」第7曲をマーラー自身が弾いたものが含まれていたのだ。
マーラーも多くの作曲家と同様、最初は名ピアニストとして名乗りを上げたというだけあって、その演奏は単なる自作自演という興味を越えた優れたものだ。しっとりと情感溢れる歌なのだが、演奏時間を見ると、5番はオーケストラ演奏の中でも最も速いものとほぼ同じ、4番に至っては一般的なものより3割近く短い。マーラー自身は、思い入れたっぷりのどんどん遅くなっていくタイプよりは、どちらかというと前に進んでいく演奏を念頭に置いていたと言えるだろう。よく、作曲家自身の指揮した演奏はテンポの参考にはならない(エルガーとか、ストラビンスキーとか)といわれるが、やはりこういう形で本人の表現が再現されると、考えるべきところは非常に多い。特にマーラーは、いちおう名指揮者とされていたわけだから、自分の曲を思い通りに演奏できないということはなかろう(もちろんオーケストラ演奏とピアノの違いはあるし、4番の場合は、歌が入ったときに歌詞をどう表現するかということも考慮する必要はある)。
マーラーは、ヴェルテ・ミニョン(Welte-Mignon)の改良版ピアノ・ロールが1903年頃に開発されてすぐ、1905年11月9日に4つのロールを一気に収録したという(あとひとつは、別の歌曲らしい)。このシステムは、音程とテンポだけではなく、タッチの強弱も記録したようで、そこから再現される音楽は、実に豊かなニュアンスに満ちていて、ピアノの実演を録音したといわれても区別が付かないほどのものだ。
コンドン・コレクションは、LP時代から何度もリリースが繰り返されていたというが、今回入手したのは2000年にビクターから出たもの。《コンドン氏が2年をかけて新たに設計、組み立てたエオリアン社製デュオ・アートのリプロデューシング・ピアノ(80本の指と2本の足を持つ、「フォルゼッツァー」とよばれる機械式自動再生ピアノ)を、ヤマハのグランドピアノC7の前に設置し、演奏を再現
》したのだそうだ。マーラーだけではなく、サン=サーンス、ドビュッシー、プロコフィエフ、ラヴェル、ガーシュウィン、スクリャービンといった作曲家自身の演奏、またパデレフスキ、ブゾーニ、コルトーといった名ピアニストの演奏を10巻のCDにまとめている。SPの復刻も時代を感じさせて味わいがあるとも言えるが、1世紀前の演奏がこれほど魅力的に再現されるピアノ・ロールは、すごい遺産であることは間違いない。