曲の概要
- 曲名
- 交響曲第1番 ハ短調 op.68
- 作曲時期・場所
- 1876
- 初演
- 1876-11-04 @ カールスルーエ
- 楽章構成
- Un poco sostenuto-Allegro
- Andante sostenuto
- Un poco allegretto e grazioso
- Adagio-Piu andante-Allegro non troppo, ma con brio
- Un poco sostenuto-Allegro
- 楽器編成
- Fl:2; Ob:2; Cl:2; Fg:2; Cfg:1; Hr:4; Tp:2; Tb:3; Timp; Str
- 備考
- ノート
長期にわたって書き継がれた力作の第1楽章は、思いのたけをいきなり爆発させるような異例に濃密な序奏で開始される。冒頭で示されるVn,Vcの半音階上昇(X)、木管、Vaが反行する下降音形、2小節目後半に現れる付点八分音符と16分音符3つによる音階進行(Y)など、この序奏には楽章、あるいは全曲を通して展開される重要なモチーフが立て続けに登場し、音響だけでなく楽想的にも濃厚だ。Un poco sostenutoというテンポは、もったいぶって遅く重々しく演奏されることが多いが、基本的には主部のAllegroに対して「やや音をしっかり保って」である(この序奏が当初のプランには含まれておらず、楽章が一通りの形をなしてから追加されたということも、主部Allegroとの関連を考えるうえで示唆的)。ブラームスと直接交流があった指揮者シュタインバッハが「"poco"の方が強調されるべきで、遅すぎてはならず、6つ振りで始めてもよいが、半小節でひとつのビートと捉えられる」と述べている点は重視されるべきだろう。
Allegroに入ると序奏で登場した要素が主題を構成するが、口吟さめるような安定した形にはおさまらず、次々に姿を変えながら、まさに寄せては返すという音楽の波が激しく続く。ウォルター・フリッシュが指摘するように、これらはむしろ展開部において滑らかな「完成品に仕上げ」られるのだ。展開部には音楽が凪いでしまう「台風の目」が置かれ、ここから再現部に向けてクライマックスを築いていく。その頂点で、ハ短調が回帰する期待を裏切って突然ロ短調に移行し、上昇するXと下降するYの音形に導かれながら転調を重ねて第1主題になだれ込むところは圧巻。
楽章の最後のMeno Allegroは、もともとは冒頭と同じくpoco sostenutoと表記されていた。ブラームスはこの部分が遅く演奏されすぎるとして、初演から2年以上経ってからMeno Allegroに変更している。この意味もまた多様に解釈されているが、《本来ブラームスは冒頭と最後をシンメトリーにする構想を持っていたものの、実際の演奏ではコーダがあまりに遅かったため、シンメトリーを犠牲にしてでも最後のテンポ表記を変更した》というフリッシュの見解は一定の説得力があり、序奏とコーダを対にして考えてみるのは興味深い。
第2楽章は、ハ短調の3度上のホ長調で、優美で洗練された音楽が散文的に展開されるが、随所に半音階上昇のXモチーフなどが織り込まれている。ブロドベックが指摘するとおり、2楽章冒頭の動機(譜例1)がベートーベン「田園」の冒頭(譜例2)とまったく同じ音の動きで構成されているというのも面白い点だ(奇しくも双方とも作品番号が68である)。この楽章は、初演当時は現在のものとはかなり異なった姿で、一種のロンド的な構成だった(当初の形を再現したマッケラスによる演奏がある)。楽章最後の、3小節にわたってじっくりと主和音を奏でる箇所も、もとは1小節だけのフェルマータであったものが、出版前に追加・修正されている。
第3楽章では、調はふたたび3度上昇して変イ長調になる。前2楽章とは打って変わって、規則的なリズムの上で端正な旋律がシンメトリーを構成していく、均整の取れた三部形式だ。楽章冒頭の「ソ-ファ-ミ」という音階進行は、第2楽章の2小節目と同じ動きであり、第4楽章のアルペンホルンの動機とも結びつく(さらに言えば、1楽章序奏4小節目後半の上昇する音階の反転でもある)。トリオを抜けて最初に戻る直前に、この拡大形として「ソ-ファ-ミ♭-レ♭」と奏される4音下降は、第4楽章の冒頭をはじめ、曲全体を通じて活躍する動機だ。なお後半の部分は、最初の段階では主題が8小節奏でられたあとすぐにコーダに入っていたが、現在の125-143小節部分があとから挿入された。
フィナーレは、前の楽章のさらに3度上となりハ短調が戻ってくる。最初の低音は、4音の下降音階という点で前の楽章とつながると同時に、ドミナントに向けての4度下降という点でも重要な役割を持つ。これを受けてのVn、Hrの動きは、第1主題の形そのままだ。24小節目からVnに現れる下降音階は、Vn1が「ミレド」という3音の順次下降(3楽章の主題やアルペンホルンの動機)、Vn2が「ドシド」という半音下降とそこからの復帰(4楽章第1主題)という動きを分担して構成されており、対向配置のVnで聴くと、ステレオ効果の面白さだけでなく動機の構造も見えるという仕掛けになっている(譜例3)。27小節からシンコペーションで「ミレド」の形を畳み掛けたあと、雄大なHrの旋律が奏でられ、ここにいたって、3音下降とドミナントへの4度下降が見事に結び付くのだ(譜例4)。47小節目のコラールにも、4度下降の音形と「ファミファ」という半音下がる動きが組み込まれているのは、偶然ではないだろう。
Allegroの第1主題は、逆に主音への4度上昇で始まり、属音の不安定さから解放された安らぎの旋律となる。16小節にわたるこの主題は、4小節単位の問いかけ、応答という要素で成り立っており、トコロテンのようにべったり弾くのではなく、きちんとフレーズを示すことが重要だろう(ノリントンは"Music must 'speak' as well as sing"と述べている。なお、シュタインバッハは2小節単位のフレーズだと指摘しているが、これはむしろさまざまに展開される動機の単位と考えたい)。第2主題は、Hrの動機「ミレドソ」の3音目をファ#で置き換えた形(譜例5)。これを支える低音は、例の4音下降「ドシラソ」のオスティナートだ。ただしここでは「ソ」は属音ではなく、ト長調の主音として安定した到達点になっている。
この楽章は、ソナタ形式ではあるものの、独立した展開部を持たず、再現部の経過部分で動機が発展していく。そのため、聴いていると意外に早く第1主題が戻ってくるわりにそのあとが長くて不思議な感じもするのだが、フリッシュ教授はこの構造を《もしこのソナタ楽章に展開部が完備していたりすると、フィナーレで最高潮を迎える、交響曲全体を貫く高度な主題/モチーフ的な展開から、聴き手の注意が逸れてしまうに違いないからだ》と説明している。
コーダは、第1主題の「ドシド」を中心に4音下降などが組み合わされて進む。曲中での位置付けと合わせ、この「ドシラソ」がベートーベンの「運命」の終楽章と密接に関連していることもはっきりしてくる。序奏のコラールが高らかなファンファーレとして奏でられると今度はその後半「ソラソ」が軸となっていく(この接続部分417-418小節はあとで追加されたものだ)。最後に、1楽章第1主題末尾の「ラ-ラ♭-ファ#-ソ」が回帰し(譜例6,7)、徹底したモチーフ展開で構築された交響曲を締めくくる。
いくつかの演奏=録音情報
指揮者 | 演奏 | CD番号 | 録音年月 | 1 | 2 | 3 | 4 | 計 | 備考 |
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Wilhelm Furtwängler | VPO* | EMI 5-65513-2 | 1952-01-27 | 14:29 | 10:22 | 5:07 | 16:51 | 46:49 | |
John Barbirolli | VPO* | Disky BX-708232 | 1968-12-18 | 15:30 | 9:30 | 5:12 | 19:12 | 49:24 | |
Adrian Boult | London p.o. | Disky BX-705422 | 1972-03 | 15:36 | 8:24 | 4:48 | 16:01 | 44:49 | |
Leonard Bernstein | VPO* | DG 410-081-2 | 1981-10 | 17:31 | 10:54 | 5:36 | 17:54 | 51:55 | |
Günter Wand | NDR s.o. | BMG 74321-89786-2 | 1982-10-26/12-17 | 13:11 | 8:48 | 4:51 | 16:35 | 43:25 | |
Herbert von Karajan | BPO* | DG 423-141-2 | 1987-01 | 13:22 | 8:22 | 4:46 | 17:38 | 44:08 | |
Roger Norrington | London Classical Players | EMI 7-54286-2 | 1990-09 | 14:46 | 8:03 | 4:27 | 15:36 | 42:52 | |
Nikolaus Harnoncourt | BPO* | Teldec 0630-13136-2 | 1996-12 | 17:07 | 8:30 | 4:53 | 17:06 | 47:36 | |
Charles Mackerras | Scottish Chabmer O. | Telarc CD-80450-A | 1997-01 | 15:29 | 8:51 | 4:16 | 16:31 | 45:07 | alt:2mov=8:35 |
Paavo Berglund | Chamber O. of Europe | Ondine ODE628-2 | 2000-05-11/14 | 15:09 | 8:35 | 4:34 | 16:13 | 44:31 | |
Roger Norrington | SWR Stuttgart | En Larmes ELS05-667 | 2005-02-18 | 14:24 | 8:00 | 4:22 | 15:35 | 42:21 | |
Roger Norrington | SWR Stuttgart | Hänssler 93-903 | 2005-07-04/06 | 15:44 | 8:20 | 4:46 | 16:25 | 45:15 | DVD:実測 |
※録音年月順 (12 records)
- VPO: Wiener Philharmoniker
- BPO: Berliner Philharmoniker