先日のFMで、2002年9月13日のアスコーナ音楽週間でヴィクトリア・ムローヴァ(Viktoria Mullova)が弾いたバッハのリサイタルを放送していた(チェンバロ伴奏はオッタヴィオ・ダントーネ=Ottavio Dantone)。ムローヴァが近年ピリオド奏法を取り入れてHIPを志向しているのは良く知られているとおりだが、こういうレベルに達していたとは驚き(認識不足)。楽器自体はモダン仕様のストラディヴァリウスであるものの、ガット弦(と恐らくバロック弓)を使っていることによる豊かなニュアンスと、明晰でありつつ適度にソフトで暖かい、丁寧な音づくりが心地よい。神々しく厳格な音楽が力強く響くのではなく、もっと懐が広く、人間の息吹が感じられるバッハというか。

ムローヴァ自身によれば、1990年代初めまではロシアの伝統的なバッハ演奏方法を踏襲していたのが、様々なピリオド系音楽家との交流を経て、作品の捉え方や奏法が大きく変化したということだ。あるインタビューでは、Fg奏者のマルコ・ポスティンゲル(Marco Postinghel)との出会いがきっかけでピリオド奏法を研究しはじめ、その上で90年代中頃にバッハの無伴奏やVn協奏曲を録音したと語っている。

At first, I needed constant lessons; I couldn't do without him. Not only was it a question of learning a new style; there were also technical things that I had to work out. Gradually, I was able to be on my own. I made the recording of the Bach sonatas and partitas. Actually, I think I've made progress since then in the performance of this music.

その後、ガーディナーやアーノンクール、イル・ジャルディーノ・アルモニコといった音楽家の影響を受けながらスタイルを探っていくのだが、2000年頃にはVc奏者である夫マシュー・バーレイとともにジャズの領域に入っていき、「鏡の国のアリス」のようなCDまで出して、大胆とも唐突とも言える、可能性の探索を進めていた。

昨年夏にOAEを弾き振りしたモーツァルトの協奏曲(1,3,4)が出た時は、「女王がクラシックの本道に戻ってきた」などと言われたものだが、そこではバックのオーケストラがオリジナル楽器であるいうだけでなく、ガット弦を張ってクラシカル弓を使い、一歩踏み込んだ形でピリオド奏法の成果を自分のものとして消化している。ちょうど先日発売されたばかりの、ガーディナー/ORRとの共演によるベートーベンとメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲も、この延長線にあって、とても新鮮でいい演奏だ。ORRが例によって鋭角的な音色とフレージングで攻めてくるのに対し、ムローヴァはむしろ柔らかく、包み込むようなソロで応える。山ほどあるこれらの曲のCDの中でも、とりわけ惹きつけられる一枚だ(モーツァルト、ベートーベンのカデンツァは、アスコーナ音楽祭でも共演したダントーネによるもの)。

ムローヴァが言うように(ノリントンをはじめ多くのHIP演奏家も同様のことを言っているが)、バロックに対する理解の深まりは、明らかに古典派やロマン派の音づくりにも生きてくる。それと同時に、ジャズのような分野での経験は、楽譜と音楽の関係や、聴き手とのコミュニケーションの捉え方にも影響を及ぼしているだろう。FMの解説で諸石幸雄が述べていた、「バッハの音楽が縦に深まるだけでなく、横の広がりが出ている」というのも、そういったこととつながっているように思える。

5月1日にはOAEとメンデルスゾーンを共演していて、Financial Timesの演奏会評によれば、ムローヴァのHIPにはいっそう磨きがかかっているらしい。

...Her performance of Mendelssohn's Violin Concerto with the Orchestra of the Age of Enlightenment on Thursday marked the latest step in her exploration of period musicmaking and counts as new territory conquered.

There was no need to grit one's teeth. Not a single squeak escaped from her 1723 Stradivarius, and if the tone was on the slim side, so it is when Mullova plays traditionally. What made this performance special was the high class of the playing and its early romantic poise. The slower music, where she reduced the vibrato to a minimum, seemed so still that it made the audience catch its breath.

With all their lightness and swiftness of speed, period instruments might have been invented for putting the sparkle back into Mendelssohn. Together, Mullova and the orchestra under Mark Elder let the music take flight.

秋にはOAEと共に来日してモーツァルトの弾き振りをやってくれることになっており、これも楽しみだ。

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