コミュニケーションとしての電子メール

電子メールは「拝啓」から書き始めるのでしょうか、あて先アドレスに登録した名前には「様」をつけないと失礼なのでしょうか……電子メールのマナーについて質問されることが増えてきた。まだメディアとして成熟しきっていない電子メールに、古くからの手紙などのマナーを適用するべきなのか、まったく別のルールに従うべきなのか、正解を見つけるのはなかなか難しい。それでも、人と人のコミュニケーションという原点に戻ってみると、おのずとわきまえるべきポイントも見えてくるはずだ。

※今回のポイント:

簡潔に、しかし丁寧に
簡潔に要点を伝えることが基本だが、人と人のコミュニケーションであることを忘れず心配りを。
ニュアンスの表現は相手に応じて
顔文字やHTMLメールなどで表現の幅は出せる。しかし相手によっては逆効果になるので慎重に。
うっかり迷惑をかけないように
ウィルスやチェーンメールのように意図せず人に迷惑をかけることがあるので十分注意しよう。

電子メールの表現

電子メールは手軽で迅速なメッセージ伝達手段として発展してきた。そのため、丁寧なあいさつ文で始まるより、簡潔でポイントを押さえた書き方のほうが一般的には好まれる。たくさんのメールを次々読んでいく場合や小さな携帯端末で受信する場合を考えると、メッセージの先頭には時候の挨拶より用件をまとめてくれるほうがありがたい。同様の視点で、宛先欄の氏名にわざわざ「様」を付ける必要はないだろう。

だからといって、いきなり本題から書き始めればよいかというと、そうでもないところが難しい。メールは用件のみと思っていても、機械的な事務メールにカチンとくることもあれば、「お世話になります」と一言あるだけで妙に納得したりもする。結局、相手は人間なのだから、自分のメールがどんな印象を与えるか、想像力を働かせて書くしかない。

ここで注意しておきたいのが、電子メールでは文字がすべてだという点である。人間のコミュニケーションのうち、言葉そのもので伝わる情報は全体のごく一部に過ぎず、多くの場合、表情や口調のほうが大きな意味を持っている。手紙でも字の書き方や便箋の選び方、余白に書いたイラストなどが、言外の気持ちを示す。これに対し、電子メールの伝達手段は原則として文字だけだ。

そのため、電子メールでは何気ない一言が思わぬ反響を呼んだりする。他の情報がないため、文字の意味が相対的に重くなり、会話なら気にもとめないような言いまわしに敏感に反応してしまうのだ。知人のメールですら、首を傾げることがある。まして参加者同士の面識がないメーリングリストでは、つまらぬ言葉のあやから泥沼の罵りあいに発展してしまうことも珍しくない。

電子メールにおいては「言わずもがな」ではなく、むしろ念押しをする程度でちょうどよさそうだ。毎度の付き合いであっても「お世話になります」「お疲れさま」などの一行で気持ちが和む。「わかっているはず」として省略せず、ニュアンスは丁寧に表現するよう心がけよう。簡潔にポイントをまとめつつ丁寧に表現せよとは矛盾した要求のようだが、自分のメールを受け手の立場で読み直してみると、どうすればよいのかは自ずと分かるだろう。

電子メールのニュアンス

文字だけという弱点を補うものとして、電子メールではよくフェイスマーク(顔文字、エモティコン)が使われる。:-)のような記号の組み合わせで表情を模してニュアンスを伝えようというものだ。顔文字には本が一冊できるほどのバリエーションがあり、人がコミュニケーションに求めるものを垣間見させてくれて面白い。ポイントを押さえて使えば効果的だが、乱発するとふざけた印象を与えてしまうので、ビジネス文書ではほどほどに。特殊効果は相手をよく見て使うことが大切だ。

メールの表現力を高めるという点では、最近のメールソフトでよく見るHTMLメールというものもある。文字の色や大きさを変えたり、場合によっては絵を貼り付けたりするものだ。送受信の双方が了解の上なら、こうした「マルチメディア」メールで視覚効果を盛り込んだメッセージもいいかもしれない。電子メールで文字以外使えないというのは、単に技術的な制約であって、新しい手法でコミュニケーションの可能性を広めること自体は悪いことではないからだ。しかしHTMLメールを煩わしいと嫌う人は多いし、うまく受信できないメールソフトもあるので、その使い方には十分注意しよう。せっかく工夫を凝らしたメールを送ったつもりなのに、無礼者扱いされてしまってはつまらない。ビジネスではHTMLメールのオプションは無効にしておくのが原則だ。

添付ファイルとウィルス

第4回で取り上げた添付ファイルは、サイズ以外にもうひとつ注意すべき点がある。システム管理者の頭痛の種であるコンピュータウィルスは、添付ファイルによって簡単に外部から持ち込まれてしまうのだ。特に日常的にやり取りされるワープロや表計算のファイルに含まれるマクロウィルスは、多くの人に広まりやすく影響が大きい。

ウィルス付きメールは、受信して被害に遭うばかりでなく、気づかずにそのファイルを転送することで、誰もが加害者になってしまう。添付する前にファイルのウィルスチェックを行うのが、新しいマナーだと言っていいだろう。

HTMLメールの評判が悪い理由のひとつに、余計な添付ファイルを付け加えるという点がある。HTMLメッセージを書くとメールソフトがその単純テキスト版も自動的に作成し、HTML版のほうを添付ファイルとして送信するからだ。テキストしか扱えないソフトでも読めるようにという配慮なのだろうが、HTMLの添付ファイルは新種ウィルスの温床となる危険もある。どんな形にせよ、添付ファイルをむやみに送るのは歓迎されないことを頭に入れておこう。

気付きにくい迷惑メール

簡単に多数のメッセージを送信することができるという電子メールのメリットは、使い方によっては気付かぬうちに問題をもたらすこともある。頼みもしないのにどんどん送られる宣伝メールが迷惑なことはすぐ分かるが、善意のつもりが迷惑メールになってしまう「チェーンメール」や「デマメール」は、気をつけないと引っかかりやすい。

有名なデマメールは「○○という件名のメールは、開いただけでウィルスに感染するので、知人にも教えてあげてください」という類のものだ。親切心でたくさんの知人に転送すると、これがねずみ算的に膨れ上がって顰蹙を買ってしまう。デマではないけれど、ちょっとした小話を書いてお友達にも教えてあげてくださいという「電子メール版・幸福の手紙」はたくさんある。このような「チェーンメール」は、はがきと違ってワンタッチでたくさんの知人に転送できてしまうので、繁殖のスピードが極端に速い。こうしたメールが出回ったため、一日に何通も同じメールを受け取って迷惑した経験のある人もいるだろう。

「できるだけ多くの知人に転送してください」とあるのはたいていデマメール

仮に善意であったとしても、チェーンメールはサーバーに大きな負担をかけ、機能麻痺に陥らせるほどの危険性を持っている。不特定多数の人に転送を依頼するメールは、送ってはならない

〔補足〕2000年5月には、「AB型Rh(-)の方への供血献血依頼」というメールがチェーンメールとなって、病院に問い合わせが殺到したために診療にも支障が出るという事態が起きた。この件の場合血液が必要だったことは事実で、メール自体は本当の善意からのものだろうが、それでもチェーンメールは望ましくないことを示している。例えば5/30付けの毎日新聞は経緯を紹介し「診療に支障が出ている。善意だとしても、これ以上の転送はやめてほしい」という病院の声を掲載している。

電子メールはまだ発展途上のメディアで、「正しい」使い方は試行錯誤の段階にある。第2回で取り上げた引用の方法についても、「私は引用は一切使いません」という識者の声から「今や全文引用がビジネスの常識」という大胆な意見まで、異なる考えを聞かせていただいた。人によってもこんなふうに受け止めが違うのだから、結局は相手の気持ちを推し量って書くしかない。大切なのは、メールは単なる事務連絡ではなくコミュニケーション手段である点を忘れないことだ。正しい電子メールとは、想像力と思いやりをもって書くものを言うのだろう。

用語解説

宛先の敬称とニックネーム
アドレス帳に登録した氏名は、アドレスとともに送信相手にもそのまま届き、メールソフトの「宛先」欄に表示される。宛先に敬称がないと失礼ではと気遣う人もいるが、一般には敬称略で通用すると考えていいだろう。逆に怪しいニックネームを使って登録すると、それも相手にわかってしまうので要注意だ。
HTMLメール
HTMLで用いるタグ付けの方法をメールに転用し、メールソフトで文字の色や大きさ、画像などを表現するもの。送信方法が最初からHTMLメールになっているソフトがあるため、意図せずにHTMLメールを送って顰蹙を買うことがある。「初期設定」「オプション」などを確認しよう。
ウィルス
ファイルの一部分に入り込んで、コンピュータを勝手に操作する迷惑プログラム。多くの場合自分のコピーを作る自己複製機能を持ち、メールやディスクを通じてほかのコンピュータにも「感染」する。いろいろな種類があるが、とくにワープロや表計算のマクロ(自動実行)機能を利用した「マクロウィルス」は非常に感染力が強い。ウィルスを検出して取り除くソフトが多数提供されているので、ひとつは手元に置いておきたい。
メールの全文引用
常識のない人が増えたからといって非常識が常識に変わるわけではない。全文引用はコミュニケーションの観点で無礼である。

初出:『週刊ダイヤモンド』2000年5月20日号